大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

くむ(はみ出る)

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私:今日は大変に困った事になってしまった。
君:つまりは飛騨方言動詞「くむ(はみ出る)」の話の展開が予測不可能なのよね。
私:その通り。先ほどは何気なく飛騨方言の語彙一万の土田辞書を見て「くむ」に目が留まり、早速に数冊の辞書にあたったが、語源が見つからない。
君:へえ、普段は簡単に語源を探し出せる事が多いのね。
私:そうだね。小学館日本方言大辞典には「くむ」の記載がある。飛騨に「くむ」という俚言動詞がある事は当然ながら知られているようだ。
君:「くむ」の意味と活用をご紹介してね。
私:意味は「ちらっとはみ出ている」という意味で、自マ五(自動詞マ行五段)。文例としては「ぼたもちの皮からあんこがくんでいる。」「すそから下着がくむ」等。「AからBがくむ。」とは、Bは元々Aの内部にあるべきなのに、Bの一部がAの外部に出ている。
君:確かに古語動詞「組む」(自マ四・他マ四)、「汲む・酌む」(自マ四)とは意味がかなり異なるわね。
私:だからこれらが語源の可能性はないだろうね。
君:でも諦めないで。意味から攻めたらどうかしら。意味は「はみでる」なのよね。それは「食み出る」(自ラ下一)の事だし、また「はみだす」も同義でしょ。
私:なるほど、「食み出す」(自サ五(自動詞サ行五段))。食べる事と関係が実はあったか。語源的には「はむ食」(自マ四)の複合語だよね。つまりは「はみだす」の元々の意味は一旦は口に入れたものの、それを吐き出してしまう事を意味するわけか。
君:その通りよ。更には「はむ食」(自マ四)の語源は「は歯」なのよ。
私:実は気になる事がひとつあって。「くます」(自サ下一)とも言う。意味は「くむ」と全く同じ。「くむ・くます」は同根である事は書かずもがな。「くます」もどうやら飛騨の俚言動詞らしい。「くむ」未然形+使役の助動詞「す」の複合動詞だよね。つまりは「くむ」と違って「くます」は下一段活用。ははは
君:ほほほ、方言学で陥りやすい俚言というロマンスの世界、そもそもが俚言なのか、という事も徹底的に疑うべきよね。全国の方言で、なにか語源に結びつきそうな情報がないかしら。
私:小学館日本方言大辞典だが、「はみだす【食出】えみだす/くむ(飛騨のみ)/はみできる/べりくりでる/もくずりでる/わぐねでる/わぐむ/わごんだす」の記載があるし、「はみでる【食出】くいでる/のじでる/ばいでる/はねでる/みみっでる/わぐねでる/わぐむ/わごんだす」の記載もある。
君:ふーむ、重要情報とは言えないわね。
私:「くいでる」があるから、これは「くふ食」(他ハ四(他動詞ハ行四段))+「でる出」からだよね。
君:勿論よ。
私:飛騨俚言「くむ」の「く」は「くふ食」(他ハ四)の最初のモーラと同根だろうか。
君:危険な考えだわ。「はむ食」(自マ四)は歯が語源で「むしゃむしゃと食べる」という意味だし、「くふ食」(他ハ四)は「歯を立てる」という意味なのよ。「くふ食」の語源は「口・杭・咬」辺りだと言われているわ。
私:「はむ・くふ」は似たような意味じゃないのかい。
君:それが違うのよ。ところで「食べる」と「くわえる銜」では意味が違う事位は小学生でもわかるでしょ。
私:ふむふむ、それで。
君:「くわえる銜」は「食ひ合へる」、つまりは上下の歯でしっかりと物を挟み、支えている、という意味なのよ。
私:なるほど。「はみでる」は「飲み込んだ後に吐き出す」の意味だし、「くいでる」は「物を上下の歯でかんだものの、すぐに出してしまう」というような意味なのか。「くいでる」の件だが、「はむ食」が突然に「くふ食」に変身か。笑っちゃうね。
君:いえいえ、それも危険な考え。要はニワトリ・タマゴ問題なのよ。第一、そんな他所の方言に感心してしては飛騨俚言「くむ」の語源にたどりつかないわよ。
私:「く」も「む」も共にそうそう音韻変化しそうにない音だよね。
君:そう思うわ。
私:となれば、「くむ」の語源の言葉から何かの音韻が脱落して「くむ」になったのかな?
君:となれば日本語逆引き辞典のお出ましね。実はとっくに買っているんでしょ。でなきゃ、あなたのようなボキャ貧大明神がすらすらと書けないわよ。
私:ああっ、とっくにばれてたのか。そう、頻用している。「くむ」で終わる動詞は、はぐくむ・しくむ・すくむ・たちすくむ・たくむ・とっくむ・にくむ・ふくむ・むくむ・いりくむ・きりくむ・とりくむ・のりくむ。以上だ。但し、残念ながら語源らしき動詞は無い。
君:更には「ぐむ」辺りにも語源の動詞は無さそうね。
私:だから、もう打つ手なしだ。
君:アクセント学からのアプローチはどうなの。
私:「くむ」は尾高。従って「汲む・酌む」とはアクセントが同じ。「組む・食う」は頭高なのでどうも語源ではなさそう。
君:先ほどの逆引き辞典の「くむ」で終わる動詞も尾高が無いようなので、アクセント学的にも八方ふさがりね。
私:今日の一応の結論としては飛騨俚言動詞「くむ」について語源らしきものは発見できなかった。共通語で一番に意味が近いのが「ひとの気持ちを汲む」あたりだね。言葉の端々や表情等、その人の心が「ちらっと伺える」事は正に「ぼたもちのあんこがチラッと出ている」と同じ意味だ。
君:それでも今日は方言の神様に巡り合った感じがしないのよね。とりあえず敢闘賞。とりあえず「汲む」が最有力。焦らない事よ。数日でひらめく事があるかもしれないし。
私:或いは、突然にひらめくのに一年以上かかるかもしれない。「げばす」の語源が「かけはずす」である事に気づくのに実は15年かかった。大器は晩成す。ブフッ
君:「あぐんで」しまわないよう、気長に、気楽にね。
私:それってアクセントがぴったりなんだけどなぁ。
君:でも私は貴方の将来の勝利を信じるわ。語源は必ずある。
cf. 自動詞・他動詞

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