大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

くつばかす(くすぐる)の語源。意味論的立場。

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私:くつばかす(くすぐる)の語源だが成立時期がどうも上古から中世、こそくる・こそぐる・こそぐらかす、の音韻変化から来ているのかもしれない事を別稿に述べた。
彼:古語の動詞をあれこれ漁ったものの、他に動詞は見当たらないし、というような内容でしたね。
私:そうなんだよ。「ぐらかす」から「ばかす」への音韻変化だが、「こそばゆい」という形容詞につられてという事かな、などと昨晩までは考えていたのだが。
彼:えっ。という事は、今日は新しい説が思い付いたので早速にお披露目ですか。
私:うん。そう、意味論的立場からね。
彼:意味論とは。
私:言葉の意味から言語を考えようとする立場。構造的意味論と認知的意味論がある。前者は、例えば母という単語だが、性に関しては父、世代に関しては娘、系統に関しては甥姪という語群の中核をなす単語だ。後者は、結婚という社会制度に基づき夫との性的関係を通じて子を出産し、その養育に中心的な役割を果たす人を示す単語。前者であれ後者であれ、要は理屈を並べる事。哲学をかじっている人が如何にも言い出しそう、と考えるとわかりやすい。
彼:要は理屈で「くつばかす」の語源に迫ろうというのですね。
私:その通り。そのような方言学・語源学があるという事に気づいていただければ本望です。当サイトで繰り返し取り上げているソシュール学説。シニフィエは滅多に変わるものじゃないが、シニフィアンはどんどん変化していく。これこそが方言という現象。何のことは無い、シニフィアンという表象(方言における音韻)からシニフィエと言う真実(方言の語源)を考え詰めようというのが意味論的語源学。今日のテーマだ。ソシュール学説は時枝誠記のバッシングを受けたが戦後に名誉回復した。
彼:では「くつばかす」の語源とは。
私:うん。ますはスタートして古語辞典には「こそばゆし」形クがある。出典は著門集(鎌倉)、湯山千句抄(明応9 、1500)。語源はこれだと考える。「こそばゆし」から飛騨方言ク形容詞「こそばゆい」が生まれた事には異論がないよね。聖書に曰く、初めに言葉ありき。
彼:ええ、それは勿論。
私:でもその時代にこれに対応する動詞が存在していなかったのじゃないかな。これが実は今回の推論の大前提だ。だから中世辺りの飛騨人は動詞を作った。
彼:作った、とは。
私:作文だ。ところで作文のヒント、一回だけ触ったのでは「くすぐる」事にはならない。こちょこちょと何回も軽く触れなければ「くすぐる」事にはならない。
彼:つまり、「繰り返し触る事により、こそばゆくさせる」。
私:いや、残念ながら、その作文では「こそばかす」にはならないでしょう。「繰り返し触る事により」は要らないな。
彼:なるほど、そうですね。修飾文は不要でした。つまりは「こそばゆくさせ続ける」と言う複合動詞ですね。ははは
私:おっ、正解だ。君には国語の才能がある。それを飛騨方言に翻訳すればよい。では、やってみて。
彼:うーん、考えたこともないので。飛騨方言はお得意ですよね。お手並み拝見します。
私:そう。無難な言い方だね。英米人には No, that's what I'm asking you と言ってはぐらかすのが話術の常套手段。答えは「こそばようしからかす」だ。
彼:なるほど。飛騨方言では「食べまくる」という意味で「食べからかす」、「蹴りまくる」という意味で「けっからかす」と言いますね。
私:そう。ついでだ。品詞分解してみよう。
彼:(ふふっ)品詞分解がお好きなんですね。お手並み拝見します。
私:またそれか。「こそばよう・し・から・かす」。形ク「こそはゆし」連用形ウ音便「こそばよう」+サ変「す為」の未然「し」+他ラ四「かる駆」の未然「から」+使役の意を強調する接尾語(辞)サ四型「かす」。品詞分解はパーツの吟味という事だが、要は同時代のパーツで完成品を作る事だな。少なくとも上古、中世、近世以降の何れかのチェックは必要。
彼:なるほど、意味的にはドンピシャリですね。しかも語頭の3モーラも一致、語尾の2モーラも一致。つまりは文の中間部分の5モーラ「ようしから」が脱落すれば「こそばかす」になります。でも、どうやって5モーラが脱落するのでしょうか。
私:「はかす・はがす」の音韻と言えば「ばかす化」「はがす剥」「ひきはがす引剥」がある。これらの音韻からの連想、つまりは方言学に言う「誤まれる回帰」、つまりは素朴な連想という事から言いにくい長いモーラの動詞の中間部分が一気に脱落したのではないだろうか。つまりは皆が「こそばようしからかす」は「こそばかす」に省略しても意味が変わらないで十分に使える、否、短いほうが使うのに便利だ、と思い出した瞬間に。
彼:突拍子もないお考えですが、意味はあっていますね。ところで「くすぐりからかす」もたったの三品詞なので「食べからかす」や「けっからかす」と同様に短呼化しないんでしょうかね。飛騨方言における同類の複合動詞群ですね。ぶふっ

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