大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
みぎり(右) |
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私:方言のお遊びとなると、とかく各種の言い回しの多さ、つまりは方言量の大きさについて語れば何となくかっこいい内容になるのだが、本日の語については残念ながら方言量は1だ。 君:聞いた事がないけれど。飛騨方言の古い資料に「みぎり」「ひだり」を発見した、というのが今日のお話の端緒なのよね。 私:ははは、お察しがいいね。その通り。ついでに最近は対話形式の書式ばかりだが、これについても明確な意図がある。わかるかい。 君:ひとりでは寂しいのよ。 私:ははは、間違いだ。独生独死独去独来(大無量寿経)。2005年来、独りで飛騨方言を学んで来た。答えだが、君と言うアバターが存在すると、書きながら調べる・調べながら書く、という随筆に持って来いなんだ。思考プロセスをどんどん書いていけばいいのだから。 君:あなたの思考プロセスはワン・パターンだわ。或る語彙を見つけたら真っ先に古語辞典を調べる。 私:ははは、その通り。結論を急ごう。各種古語辞典には確かに「みぎ右」の記載もあるが、「みぎり右」の記載もある。 君:「みぎり右」は「みぎ右」の古形か、との記載があったのでしょ。 私:さすが、国語のプロだね。もうひとつの記載は「みぎ」の言葉に「り」を添えて語形を合わせた語、との説明だ。当然ながら出典は、謡・草子洗、亭子院歌合・序、などの文例が引用されている。 君:つまりはニワトリと卵、どちらが先かの語源論争ね。でもあなたは「みぎり」が「みぎ右」の古形じゃないのか、と直感して、直ちに各種の方言辞典を調べたのでしょ。つまりは全国各地の方言として「みぎり右」が残っている事を確信して。 私:ははは、その通り。そしてその結果は・・。 君:ほほほ、言わなくともわかるわよ。その笑顔に書いてあるわ。 私:いやあ、予想以上の大収穫だった。・・実はね、毎晩、悩みながらキーボードに向かうんだ。 君:ほほほ、それもわかるわよ。本日のテーマ探し。書き尽くした感があるけれど、なんとかテーマをひねり出したいのね。 私:その通り。毎日書けるか、ギャンブルだ。今のところ、毎晩、書いている。そして今日は調べものを始めるや、方言の神様と数分でお会いできた。 君:もったいぶらずに方言辞典の結果を簡潔にお書きなさいよ。世の中に日本方言大辞典全三巻・現代日本語方言大辞典全八巻を共に所有するアマチュアなんて、そうそういらっしゃらないのだから、何を書いてもあなたの独壇場よ。つまりは私始め読者は真偽を確かめようがない、あなたの書きたい放題なの。 私:手厳しいな。確かに、僕のやっている事は学問というのには程遠いな。ただ黙々と辞書を読んでいるだけなのだから。 君:いいから、結論はどうなの? 私:では。「みぎり」の方言量は1だ。右という唯一の意味があるだけ。ただし飛騨地方はじめ「みぎり」の言い回しは全国に遍く方言として残っている。青森・岩手・秋田・山形・埼玉・千葉・神奈川・新潟・富山・静岡・三重・滋賀・大阪・奈良・鹿児島・沖縄、足す事の飛騨。ざっとこんなところ。県名のみ紹介したが、具体的な町村名まで判明している。ただし多くの町で既に死語だろう。 君:なるほど、これだけ多くの町や村で「みぎり」という言葉が話されていたとすると古代の和語で「みぎり」「ひだり」があったと思いたくなるわね。源氏や万葉に「みぎ右」があるけど、お囃子の「みぎり」は先祖返りの言葉の可能性が極めて高いのよね。古代人は「みぎり」「ひだり」と言っていたのに、上代に「みぎ」「ひだり」になったものの、全国各地に古代の「みぎり」がまだ結構、残っているのでは、と考えたのよね。 私:その通り。更には方言辞典にはもう一つの大収穫があった。 君:まさか、「ひだり」についての発見? 私:ははは、大外れだ。右の話はまだ終わっていない。 君:えっ、どういう事。方言「みぎり」は全国各地にバラバラに分布しているだけじゃない。東北にやや多い、とか、青森と沖縄の両県にありました、などという事を深堀りしてみたの? 私:ははは、違う、違う。まだ気づかないのか。もっと面白い事を調べたんだ。 君:? 私:「みぎ右」の方言量だ。なんと13個だった。「みぎり」「みじゅり」「みぎー」「にぎり」「にんぎり」「にじり」「にじー」「にーり」「ににー」「にーる」「ねぎり」「ねーり」「ねーら」。もったいぶらずに答えを教えよう。「にじー」「にーり」「ににー」「にーる」「ねぎり」「ねーり」「ねーら」の言葉は鹿児島から沖縄・南西諸島の方言。「にぎり」は東京都八丈島、つまりは八丈方言、言い換えれば万葉方言だ。 君:なるほど、これはまた随分と説得力があるわね。私のような国語を生業とする人間でなくても「みぎ右」の古形が「みぎり」あるいは「にぎり握」だったのかも、と考えたくなるわよね。 私:でしょ。南西諸島で右の事を「ねーり」「ねーら」とおっしゃる事は出典の、謡・草子洗、亭子院歌合・序、などの文例の古さとは比べるべくもないね。南西諸島といえば日琉祖語つまりは日本最古の言葉、八丈方言と言えば本土で最古の言葉、遥かに離れたこれらの島々では右の事を「みぎり」と呼んでいる。 君:しかも「にんぎり」「にじり」「にじー」「にーり」「ににー」「にーる」「ねぎり」「ねーり」「ねーら」、つまりはナ行で9種類、つまりはマ行で3個「みぎり」「みじゅり」「みぎー」を凌駕してるわよ。言葉が古いほどバラエティに富んだ方言が生まれるでしょうから「にぎり」から「みぎり」、そして「みぎ」というように日本語が変遷したかも知れない事をあなたがつい先程、発見したのね。「にぎり」が語源だとすれば、古代人は右利きが多かった事もあなたは発見しちゃったのよ。 私:大それた事をしたわけではない。日本語が面白くて大部の方言辞典を買ってしまっただけの事。 君:元を取ったわね。 私:ははは、からかいやがって。真理に金額など無い。世間の評価すら関係ない。最大の価値とは、要は僕がこのサイトを愛せるかという事。 君:ついでに「ひだり左」も調べたのでしょ。 私:ああ、勿論。こちらは実にシンプルだった。「ひだり左」の方言量は1だが、意味は二つあった。「左」と「酒」だ。 君:どうして「酒」なのかしら。 私:詳しく説明する古語辞典もある。つまりは左手は大工さんがノミを持つ手、つまりは「ノミ手」、これを「飲み手」にかけたんだよ。言葉遊びという訳だ。つまりは杯は左手で持つのが礼儀だしね。 君:あら、私は三々九度のように両手でいただくわよ。 私:いやあ、いいんじゃないか。女性らしくて。君にはそのほうがエレガントで似合うよ。 君:あなたは必ず左手よね。 私:勿論だよ。右手で杯を持つことなど無い。それとお酌の礼儀だが、相手が右手で杯をお持ちだろうが、何も指摘しない事だね。ははは 君:あまり細かな礼儀は必要ないんじゃないの。 私:同感。ところで、お互いに若い時もあった。今だから言える、君と三々九度をやりたかったな。ははは 君:冗談はよしてよ。それを言うのが遅すぎるわよ。 私:えっ!僕はあの頃、君にてっきりふられたと思ってたんだぜ。 君:えっ!実は私もあなたにふられたと思ってたのよ。 私:へえ、残念だったな。厳しさ7割、優しさ3割が本当の愛情か。お互いが10割、自分に厳しすぎた。ははは 君:みぎりもひだりも判らない若い二人だったのよね。今となってはお互いの家族を大切にして生きていくしかないわね。ほほほ 私:実はオー・ヘンリーの小説だったとはね。ははは 君:賢者の贈り物ね。ほほほ |
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