大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
てんす(=てぐす) |
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私:共通語「てぐす」と言っても知らない方も多いだろうね。 君:ええ。 私:釣り糸の事だ。釣具店では片仮名表記ばかりなので西洋語と勘違いしている人も多いだろう。中国語の輸入語だ。表記は天蚕・天蚕糸。角川古語大辞典には詳細な記載がある。 君:カイコとは違うのね。 私:うん。ところで釣りはする? 君:しないわ。 私:男女平等の時代だ。今は女性の釣り客人口も多い。「釣り女子・釣りガール」などと呼ばれているね。 君:私は「畑ガール」よ。 私:おっ、お母様と同じく園芸だな。今は都会のモールにもお洒落野良着が売られていて。園芸・農作業もブームだね。 君:脱線せず、釣り糸の話に戻しましょう。 私:僕の小学生時代だが、益田川(飛騨川上流の別名)でよく釣りをした。何から何までお手製。釣り竿は小竹の枝を払って作る。 君:という事は釣り糸も作ったという事かしら。ワオ! 私:貴重な動画を発見した。懐かしいな。 君:大きな蛾ね。気味が悪いわ。 私:やままゆがの一種。「テグスサン(学名:Eriogyna pyretorum)」だ。この熟蚕を殺して絹糸腺を取り出し、酢酸で処理して引き延ばす。すると強靭な糸が出来て、釣り糸になる。蛇足ながら餌は畑のミミズ。 君:全て手作りという事ね。 私:そう。太古には釣り針は動物の骨を使っていたと思うが、こればかりは僕の村でも万事屋で金属製が売られていた。 君:懐かしい思い出ね。 私:うん、小鮒釣りし彼の川、本当に懐かしい。つい昨日の事のように感ずる。人生はあっという間だ。それはさておき、本題。方言学。 君:釣り糸「てぐす」の歴史ね。 私:うん。起源を紡ぐ 意図の糸によれば江戸初期に偶然、中国からもたらされた。日本語訳が天蚕糸。 君:なるほど、中央では天蚕糸と呼び、飛騨には漢字が伝わり、「てんさんし」から「てんす」に音韻変化、つまりは2モーラが脱落したのでは、という発想ね。 私:まあ、そんなところ。当たらずと言えども遠からず。飛騨でも「てぐす」と言っていたものの、いつの間にか「てんす」になった可能性もあるね。つまりは子音 g の脱落。 君:ちょっと待って。「テグスサン」は古来から日本にもいたのでしょ。この蛾の和名は? 私:勿論、和名は「やままゆ山繭」。角川古語大辞典にはギッシリと書かれている。「くすさん樟蚕」「しらがたろう白髪太郎」の名前でも知られる。実は飛騨の俚言も思い出した。「とちかんじょ橡官女」。アクセントは尾高。 君:トチノキ橡、クスノキ樟によく宿る蛾だからよね。 私:カエデ楓にも宿るね。栗も。銀杏も。大発生して葉を食い荒らす事もある。 君:となると、捕まえては釣り糸にして益田川で小鮒を釣るのもまんざら悪くは無いわね。 私:そういう事。「とちかんじょ橡官女」ハンター左七。くれぐれも誤解の無いように、雌雄の別は関係なく虫の名前が官女。雌雄の別なく白髪太郎もそう。しかしまあ、でかい事。男の子はこういう大きな虫にワクワクしてしまうんだよ。 ![]() 君:気が知れないわ。羽毛に毒があるんじゃないの? 私:東宝映画「ゴジラ」じゃあるまいし。モスラの親子は毒入り鱗粉が武器だったね。しかしあの映画、闘いに子供を連れてくるモスラの親っていったい、何を考えてやがるんだい。大人の仕事に子供を巻き込んじゃ駄目でしょ。ご心配なく、「橡官女(白髪太郎)」の毛は無毒だ。 君:安心したわ。でも雑食で大食漢なのよね。ほほほ |
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