飛騨方言の尊敬表現の一種に、〜しておられます、という意味で動作を表す動詞に"らはる"を足す言い回しがあります。
"やりておらる"+"される">
"やりておられされる">
"やりとられされる">
"やりとられさる">
"やりとらはる">
"やりらはる">
"やらはる"
のごとく、言葉の変遷があったものと推察しますが、
連用形表現というよりは未然形表現のニュアンスになっています。
なお、下記の表現で、
らはる −> らっさる
のごとく、変換可能です。
四段動詞 :ラ行動詞のみ成立
やらはる 乗らはる 蹴らはる 折らはる 知らはる
実は成立するのはこれらラ行の四段動詞のみです。
ラ行以外の四段動詞では以下の如く、不自然、意味不明となっています。
行からはる 泳がらはる 打たらはる 思わらはる
飛ばらはる 飲まらはる 死ならはる 有らはる
押らはる
ここで質問ですが、ラ行以外の四段動詞では"らはる"表現が成立しないのは何故でしょう。
答えは簡単、ほかにいくらでも尊敬の言い方があるので、"らはる"の言い方に拘らなくてもいいから。
(実はまじめに答えたつもりですが、平凡な答えでごめんなさい。)
上一段動詞 :すべて成立
着らはる 似らはる 見らはる 射らはる 起きらはる
落ちらはる 恥じらはる 強いらはる 悔いらはる 滅ばらはる
懲らはる
干らはる 過ぎらはる は人の動作を表す動詞ではなく、不自然です。
下一段動詞 :すべて成立
得らはる 受けらはる 上げらはる 寄せらはる 交ぜらはる
捨てらはる 出らはる 尋ねらはる 考えらはる 調べらはる
止めらはる 超えらはる 晴れらはる 植えらはる
経らはる は人の動作を表す動詞ではなく、不自然です。
飛騨には太陽信仰がありませんので、実際にお日様に対して、 晴れらはる という人は
あまりいないでしょう。がしかし、たとえば、
"トレンドマイクロの社長さんはパソコンがウイルスにやられておちこんどったけど、
キチンとバックアップしとったもんでデータが損失せず、彼は今はやっと気持ちが晴れらはる。"
というよくある話に皆さんお気をつけください。
"村長さんが選挙に出らはる(下一段動詞)けど、落ちらはる(上一段動詞)んでないかろ。
(出馬されるようだが、どうも下馬評では落選されるのでは)"
という笑えない話も。なお、出らはる、落ちらはる ともに現在の事象です。
ところが、落ちとらっさる、という別の表現は過去の事象に言及している事に注目してください。
カ変動詞 :すべて成立
こらはる
サ変動詞・する :すべて成立
せらはる しらはる
サ変動詞・講ずる :すべて成立
講じらはる 講ぜらはる