大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

女房詞か?飛騨方言・おもる

戻る

おごる・奢る、を飛騨方言で、おもる、と言うのですが、 死語に近いでしょうね。 ただし戦前あたりの飛騨方言資料には出てくる言葉です。 勿論、筆者も子供の時、昭和三十年代、には使いました。 さて、おもる、ですが日本語語彙史に鑑み、おごる、が、おもる、 に訛った訳ではありません。詳述しましょう。

まずは、ネット検索、各種方言資料から、奢るという意味の 方言・おもる、が広域方言である事がすぐにわかります。 飛騨地方のその一つです。 古語に由来する言葉なのでしょう。 語源はズバリ、 古語辞典にある、もる・盛る・他ラ四・薬や酒などを飲ませる。 文例は浄瑠璃の忠臣蔵などがあります。 また現代語でも、薬をもる、と言いますもの。 さらには、古語動詞・もる、は元々の意味は、食器などの器に 移しいれる事、つまりは饗応するという事、家にあればケに盛るイイ飯を、の万葉歌・1/142 は あまりにも有名です。 つまりは飛騨方言・おもる、は古語動詞・盛る、 に由来すると言う事はわかりました。

ついで古語動詞・おごる・奢る・自ラ四、をみましょう。 徒然草の文例では、ぜいたくをする、の意味で用いられ、 浮世床の文例に、饗応する、の意味で登場します。 同じ言葉でも時代が変わって意味が変わってしまう、 という例です。

つまり古来から中央では、饗応する、という意味で、 盛る、が用いられたものの、江戸時代に、おごるの誤用が、 盛る、を駆逐してしまったのです。 他方、おもる・お盛る、は現代の広域方言です。 また一方、筆者が知る限り、鎌倉時代の言葉・奢る・ぜいたくする、 は全国の方言としては残っていません。

さて、盛る−>お盛る、の変化ですが、 京都で、お盛る、が生まれて全国に広まったのでしょうね。 となれば、この言葉が生まれた時代は女房詞(ことば)が成立した室町時代 あたりでしょう。 つまりこの都の言葉がじわじわと全国に普及したと言う事を示しています。 耳に心地良い言葉であり、全国各地の人々の心を捉えたのです。

結論ですが、おごる、という言葉は、 あるいは天領時代に 高山の城下でのみ江戸からの直輸入語として使われた のかも知れませんが、存外、 文明開化の明治時代からかも知れません。 一方、飛騨方言において女房詞が自然発生する事 などありえませんから、やはりはるばると京の都から 伝わったのでしょうが、それでも方言バッシングに会い、 戦後には飛騨においても死語となったのでした。
参考 日常語の意味変化辞典、堀井令以知・編、東京堂出版
追加
いくら、接頭語・お、があるからとて、 おもる、は、女房詞とは、やはり言いがたいですね。 それに今、日葡辞書を調べたら、 Vomoru おもる、は 病気が重くなるという意味でした。 つまりは室町あたりの庶民の言葉ではなかった京言葉であるにせよ、 女房詞であった可能性はなんとも言えない、という事なのでしょう。 尤も、全国に分布する方言である以上、室町時代あたりの中央の 言葉には間違いないでしょう。

ページ先頭に戻る