大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 平安時代の飛騨方言

平安時代の音韻

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私:平安時代に日本語の音韻に相当の変化が生じて、それが現代の各地の方言の音韻の元ともなっているようだ。流石に奈良時代の音韻が現代の方言に生きている事はなさそうだね。
君:歴史的仮名遣いジズヂズの区別などが有名よね。
私:そう、「四つ仮名弁」「三つ仮名弁」「二つ仮名弁」「一つ仮名弁」。現代日本語は一つ仮名弁で「ジ・ヂ」「ズ・ヅ」の区別は無いが、高知・宮崎・鹿児島辺りでは「ジ・ヂ」「ズ・ヅ」の音の区別があり、平安時代の音韻が残る四つ仮名弁の地方だ。★(1)四つ仮名の音韻が平安音韻の名残り。尤も、東京・京都の両方が近世以降に一つ仮名なので、四つ仮名弁といってもピンと来ない日本人が大半だろう。学校教育で教わる事も無いし。四つ仮名弁そのものが絶滅危惧言語でもある。
君:そうね。それと平安時代と言えば、奈良時代まで存在していた★(2)上代特殊仮名遣いの衰退があるわね。
私:その通り。上代特殊仮名遣いでは清音の音節数が61、濁音も加えると81もあった。母音は八個もあった。つまりは現代日本語に対してかなり複雑な精緻な発音だったという訳だが、これが段々と簡素化、つまりは統一が図られるようになった。つまりは特殊仮名遣いが消滅し、普通の現代仮名遣いに近いものになる。最後まで残ったのが「こ」の音節らしいが、二種類の「こ」の区別も九世紀半ばには消滅。更には上代特殊仮名遣いとは別にア行の「お」とワ行の「を」も違う音韻だったのが、11世紀初めには区別がなくなった。ア行ワ行「い・ゐ」とア行ワ行「え・ゑ」も別の音韻だったが、「お・を」に続いて11世紀半ばには区別がなくなった。
君:さらに、そこに★(3)ハ行転呼が加わるのよね。
私:その通り。簡単に一言、古代には語頭以外は「パピプペポ」と発音していたのが上代には「ファフィフゥフェフォ」、更にこれが「ワイウエオ」になる。「今日は月曜日」は「キョーワ」と発音するが、平安時代までは「ワ」ではなく「ファ」と発音していた。
君:簡単に一言で表現すると、細かい音の違いが単純化されていったのが平安時代というわけなのね。一覧に出来るかしら。
私:ほいきた。二種類のコ「甲乙類」が一種類に、四種類のエ「ア行のエ、ヤ行のエ、語頭以外のヘ、ゑ」が一種類に、三種類のオ「語頭以外のホ、ヲ、オ)」が一種類に、三種類のイ「語頭以外のヒ、ゐ、イ」が一種類に、二種類のワ「御同以外のハ、ワ」が一種類に、二種類のウ「語頭以外のフ、ウ」一種類になった。
君:コ(2)、エ(4)、オ(3)、イ(3)、ワ(2)、ウ(2)という事ね。つまりは母音は「イエオウ」の四種類で大整理があって、子音は「コワ」の二種類で大整理があったという事かしら
私:つまり大整理があって、母音・子音併せて六種類が合一化されたという事だ。
君:単純化だけが平安の特徴ではなくて、他方では平安期に出現した音韻もあるわよね。
私:★(4)合拗音(ごうようおん)だね。当時に輸入された漢語の影響で「カ・ガ」に「クワ・グワ」が加わった事だね。ただし合拗音は中世期以降に消滅するものの、方言として残る地方もある。
君:拗音と言えばもうひとつ、「さしすせそ」の問題があるわよね。
私:うん。上代から日本語には「さ(し)すせそ」がなく、実は★(5)開拗音「シャ・(シ)・シュ・シェ・ショ」だった。但し、この音韻が消滅したのは江戸時代初期。源氏に「さしいづ差し出づ・自ダ下二」があるが、実は「しゃしいどぅ」と発音されていたのだろう。
君:何から何まで、現代とは異なった音韻体系だったのよね。
私:という事で、以上の知識を踏まえると理解しやすい動画を一つ見つけた。

君:頑張ってお作りになったのね。
私:突っ込みどころが無いわけではないが、まあまあの作品ですね。「まだ」は実は「まんだ」と発音していたという点に関してだが、★(6)「入りわたり鼻音」という現象で、これは今でも東北方言に広く見られる。例えば「そうだそうだ」を「んだんだ」と発音する。平安の音韻だったか正直、知らない。成書の記載も覚えが無くて。それとは別に★(7)撥音便誕生、山口謡司「ん 日本語最後の謎に挑む」新潮新書、という名著がある。仏教の知識が得られて面白い。ついでだが、我が家は真宗大谷派、正信偈については飛騨方言訳を上梓したが、必至滅度願成就は「ひっしめんどがんじょうじゅ」と発音する。物心ついた時から「滅度」がどうして「めんど」になるのか不思議でならなかった。やっと飛騨方言の話だが、「まだ」の事を「まんだ」と発音するのは平安の名残という事なのだろう。
君:「めんど滅度」について、親とか、お坊様に質問しなかったのね。
私:ああ。しなかった。どうせ「子供がそんな事は知らなくてもいい」と、はぐらかされる気がして。
君:良かったわね。お孫さんと仏壇で手を合わせる時に質問されたら、今こそあなたがお教えなさるといいわ。
私:勿論だよ。ところで東海地方はお東さんが多いが、家内の親戚も皆さまが大谷派なので助かっている。真宗王国と言えば北陸・加賀越前(吉崎)だが、飛騨も真宗の国だね。
君:西でも東でもいいじゃない。
私:南無阿弥陀仏の数が違うんだよ。大事な時に間違えたらいけないでしょ。
君:大丈夫、少しぐらい間違えても。要は調声人の部分をうっかり発声さえしなければいいのよ。ほほほ
結語 飛騨方言で「まだ」は撥音便にて「まんだ」です。多分、平安時代からです。

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