大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 平安時代の飛騨方言 |
語頭のラ行音 |
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私:日本語の辞典はアカサタナの順で、ア行の語彙が一番に多いし、英語の辞書はABCに並んでいてAの語彙が一番多い。 君:何が言いたいの? 私:手元の独逸語辞書もAの語彙が一番多かった。変わったところでは Dorland's Medical Dictionary 語数20万で、やはりAの語彙が一番多い。 君:しかも平安時代とどう関係があるのかしら? 私:じゃあ、本題。古語辞典の語彙、つまりはかなりが平安辺りの語彙だろうが、やはり多い語彙はア行で、極端に少ないのがラ行。ワ行はワゐゑヲだが、やはり少ないね。 君:そんな事を言い出せば「ん」で始まる言葉なんてゼロだわよ。 私:そうだね。だから古代から日本語にはラ行音の語彙は少なかったし、「ん」という音韻は無かった。 君:語頭のラ行音については。 私:平安時代の音韻変化として知られているね。平安の音韻の特徴が四つあり、★語頭のラ行音の出現★上代特殊仮名遣い「こ」の消滅★「え」が二種類「エ・ゑ」★その逆で「オ・ヲ」の区別がなくなった事。だから手始めに語頭のラ行音の出現について語ろう。誰にも判り易い平易な内容だ。 君:重要単語と言えば「らうぜき狼藉」「らち埒」「らっし搦氈vなどの名詞、「らうがはし乱」形シク、「らうたし労」形ク、「らうたげなり」形動ナリなどがあるわね。 私:名詞は漢語や仏教語ばかり。つまりは中国からどんどん語彙が輸入され、語頭にラ行を立てるのが普通になったからだろうね。 君:遣隋使・遣唐使は主に奈良時代だわよ。 私:遣唐使は平安に二回だけ。その後は平清盛の日宋貿易で花開く。 君:では飛騨方言との関係は? 私:「だめだ・よくない」の意味で飛騨方言では「だしかん・だちかん」というが、「らちあかぬ」が原義だ。「だちゃかん」などと発音する事もあるので「らちはあかぬ」という事なのかも知れないね。「ちらかっている・乱雑だ」という意味で飛騨方言で「だっしゃもない」というが、「らっしもなし」が原義だ。 君:「らちあかぬ」も「らっしもなし」は全国の方言になっているのでしょ。 私:その通り。あれこれ音韻変化も随分とバリエーションがある。平安時代から続いている言葉というわけだ。和語ではない。元を正せば外来語。漢語や仏教語。ところで紫式部は「らう労」という言葉をこよなく愛していたようだ。「おこなひのらうは積もりておほやけに知ろしめざりける事」(源氏・若菜)。源氏には随分「らうたげなり」形動ナリが出てくる。 君:以前に書いていたわね、源氏にはタリ活用が一回も出て来ず、出てくるのは全てナリ活用である事を。 私:形動タリ・形動ナリ。個人的には直接お会いして、彼女の口からその辺の真意をお聞きしたいところだ。 君:「らう労」がどこかの方言になっていないかしら。 私:ははは、当然の疑問だよね。早速に小学館日本方言大辞典全三巻を見た。語数十万。たったひとつだけ、「ろーろーしー」形ク、声が高い。島根県益田市。 君:えっ、それだけ。 私:そう、それだけ。 君:若しかして何か理由があるわね。 私:勿論、ある。 君:ヒントは? 私:仏教語。 君:・・わかったわ。仏教の経典なら全国津々浦々の寺院で時を経て読み継がれるから全国の方言にもなりやすいのよね。 私:もうひとつの要因は各種の文学に表れる言葉とか、漢語のように公文書に繰り返し使われる言葉などは、やはり全国の方言になりやすいね。 君:源氏物語は各国語に翻訳されているし、日本ではアニメ本もあるし、影響力は大きいと思うわ。 私:そうだね。でも、つくづく思い知らされるね。君と僕は住んでいる世界が違うんだ。君は源氏を知り過ぎているんだよ。大抵の日本人にとっては高校の古典の「いずれのおほんとき・・」の出だしが思い出せれば上等なおかたで、大抵の人はストーリーをご存じないぜ。 君:そうね。確かに。よくご存じなのは一部の古典マニア。 私:古典マニアは勉強会をなさるからね。親戚にもいる。ところで源氏物語は平安時代。何人ぐらいの人が読んでいた? 君:ほほほ、宮中ではそれはそれは大人気で皆がお読みになっていらっしゃったのよね。 私:いや、違うね。 君:あら、そうかしら。 私:紫式部は源氏物語を書き始めた時、夫と死別し、晩婚ながらも一児の母となっていた。やがて藤原道長のお声が掛かり道長の娘の彰子に仕える。読者は彰子をはじめとして宮廷内のごく限られた人物、つまりは一部の公卿、僧侶、写本をした女官達。源氏物語の読者は数人程度か、せいぜいが数十人だった。 君:なるほど、それでは全国の方言にはなりっこないわね。王朝文学は御伽草子等の大衆文学とは訳が違うのよね。ほほほ |
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