本質を手っ取り早く理解していただくために種明かしから
参りましょう。
共通語の形容詞・こわい、ですが、意味は古語辞典から歴史考察するに
限りますね。ふたつの意味、強い・恐ろしい、です。鎌倉・室町時代までの
文献があるでしょう。強い、という意味では、硬い飯のことを、こわい、とか、
あるいは下呂の名物・栗こわい、にありますが、
現代語としては、ふむ、死語に近いでしょうね。
現代語の共通語では、こわいお兄さん・こわいものみたさ、等々、
もっぱら恐ろしいという意味でもちられますが、文献は、狂言花子、
すれば山の神はこはし、などが文例にありました。
強すぎる家内は夫にとっては昔も今もこわすぎるんですよねえ。
語源は同じでしょう。強い、強すぎるから恐いのです。
意に反して話が回りくどくなりましたが、共通語では不快を
示す形容詞です。飛騨方言では、うらはらの意味ととらえて快を示す
形容詞と考えればよいのです。
つまりは、強いものにかえって憧れ・尊敬の意味で用いる、
恐ろしいものに対して、実は恐れなど何も無い、という気持ちをいだく場合ですね。
となると、ストーリーがいくつか出来ます。
勿論、飛騨人同士の会話でも。
話すのが飛騨人、聞く相手が飛騨方言を知らない人
(飛騨人は快なのに、聞き手は不快であったかと勘違い)
相手人 一万円です。
飛騨人 えっ、こわいな。
(内心、やすい、やすすぎる!!)
・・暫くの沈黙が流れて・・
相手人 すみません、じゃあ八千円で。
飛騨人 ・・・。そやな、そしゃ八千円で買おうかなあ。
(内心、なんや、もっとねばりゃ
もっとまけるかもしれんぞ!!)
話すのが飛騨方言を知らない人、聞く相手が飛騨人で
しかも共通語が理解できていない
(聞き手は不快なのに、飛騨人は快であったかと勘違い)
飛騨人 一万円です。
相手人 えっ、こわいな。
(内心、高い、高すぎる!!だから飛騨の高山か!)
飛騨人 そやろう、ほんとは一万五千円なんやさ。
五千円もまけたら、正直、商売やっていけんのやけど。
(ふふふ、この商品ぁ売れそうやあ。)
・・暫くの沈黙が流れて・・
相手人 やっぱり、・・やめときます。
飛騨人 すみません、変な事言ってまって、じゃあ八千円で。
ええい、泥棒、もってけ!!
話し手・聞き手が共に飛騨人の場合
(飛騨方言を話す間柄といっても、時々変な事があるんやさ、ふふふ。)
その一(話し手は快のつもりで聞き手が不快であったかと勘違い)
例・実は相手が快
売り手 一万円やさ。
買い手 えっ、こわいな。
(内心、やすい、やすすぎる!!)
・・暫くの沈黙が流れて・・
売り手 すまんえな、そしゃ八千円でどやな。
そやけど完全に赤字なんやさ。
買い手 ・・・。そやな、そしゃ八千円で買おうかなあ。
(内心、なんや、もっとねばりゃ
もっとまけるかもしれんぞ!!)
例・実は相手が不快
売り手 一万円やさ。出血サービスやさ。
買い手 えっ、こわいな。
(内心、高い、高すぎる!!)
・・暫くの沈黙が流れて・・
売り手 すまんえな、そしゃ八千円でどやな。
そやけど完全に赤字なんやさ。
・・暫くの沈黙が流れて・・
買い手 ・・・。でも高いな。今、七千円しか
持っとらんのやけど。・・・また、
こんどにしようかしらん。
売り手 (すかさず)すみません、変な事言ってまって、
じゃあ七千円で。ええい、泥棒、もってけ!!
そのニ(話し手は快のつもりで聞き手が快であったかと推量)
例・実は相手も快
売り手 一万円やさ。
買い手 えっ、こわいな。買うさ。
(内心、やすい、やすすぎる!!)
・・すかさず・・
売り手 そやろう、ほんとは一万五千円なんやさ。
五千円もまけたら、正直、商売やっていけんのやけど。
(ふふふ、この商品ぁ一年ぶりに売れた!!いぇーい!)
例・実は相手が不快
売り手 一万円やさ。出血サービスやさ。
買い手 えっ、こわいな。
(内心、高い、高すぎる!!)
・・暫くの沈黙が流れて・・
売り手 すまんえな、そしゃ八千円でどやな。
そやけど完全に赤字なんやさ。
買い手 ・・・。でも高いな。今、七千円しか
持っとらんのやけど。・・・また、
こんどにしようかしらん。
売り手 (すかさず)すみません、変な事言ってまって、
じゃあ七千円で。ええい、泥棒、もってけ!!
飛騨方言を知らない方へワンポイントレッスン、
つまりは飛騨人は、こわいさ、
といえばもう十分に満足しています、という例が多いのです。
だから、飛騨人から、こわいさ、を聞きさえすればもう安心、
という訳なのよ。またこれが聞けないとアウトかも。
結論ですが、こわい、という一言が、
恐ろしい・いやだ、という不快の意味に
なるのか、恐縮します・うれしい、の意味になるのか
瞬時にわからければ飛騨方言はやっていられない。
しゃみしゃっきり。
おまけ
要は売り手も買い手も気持ちが快であると商売はスムーズに行く。
片方が不快である限りは商売は成立せず。
あたりまえの事だけど。