大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
四つの事実 |
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私:柳田國男の書「蝸牛考」は方言学の金字塔だが、21の章からなっている。巻末資料としてはカタツムリの全国における分布を示す一枚の方言地図とカタツムリの方言と話される地方の対比表がふたつ、ひとつはアイウエオ順の一覧表でもうひとつは五つの群分けの表。五つとは、デデムシ系、マイマイ系、カタツムリ系、ツブリ系、ナメクジ系、以上。今日は21の章の中の三つ目、即ち「四つの事実」の章について簡単に紹介しよう。 君:つまりは「蝸牛考」というご本はカタツムリについてだけ書かれた小論文という事ではなく、方言学の教科書という意味なのよね。 私:そう、その通り。カタツムリが主人公である事には間違いない書物。ただし「蝸牛考」を通じてカタツムリの事を深く学べば、自ずから方言とはどういうものかという事が学べる、つまりは日本語というものが見えてくるという内容だ。 君:日本語といっても主に口語よね。方言なのだから。 私:そうだね。幾つかの和語の歴史的理解という事になる。 君:「四つの事実」とはなにかしら。簡単にお披露目してね。 私:そうだね。ひとつには彼は「方言量」という言葉を紹介している。これは彼の造語だ。つまりはそれまでにも方言学というものはあったし、古来から方言に関する書物はあったが、特定の地域の珍しい言い方の紹介の域を出なかった。復刻本が出て、今は誰でも江戸時代に刊行されたわが国初の方言辞典・物類称呼を活字で読む事が出来るが、単なる方言・俚言の羅列と言えなくもない。柳田の前に、日本全体を眺めて一つの言葉に対する方言の数、例えばカタツムリは240以上だが、つまりは何個の言い方があるのかを数えた人はいなかった。彼は日本人として初めてそれを数え、カタツムリには二百以上というとんでもない数の方言がある事を発見した。 君:つまりは、「蝸牛考」と言えば「方言量」、「方言量」と言えば「蝸牛考」という事よね。 私:然り。そして「四つの事実」の残りの三つと言えば、「方言領域」「方言境界」「方言複合」。 君:これら三つよりも「方言量」という言葉が後世に与えた影響が大きいのかしら。 私:うん、そうだ。でも簡単に説明しよう。「方言領域」とは話されるエリアを意味し、当時、東条操を中心として日本を旧幕藩体制の国単位で、日本の方言を細分しようという理論「方言区画論」が勃興したが、柳田は訛り即ち音韻を基礎とする「方言区画論」に警鐘を鳴らし、語彙を中心とする「方言領域」を提唱した。「方言境界」についてはデデムシ系、マイマイ系、カタツムリ系、ツブリ系、ナメクジ系の、つまりは上位分類がぶつかり合う場所では更に方言が細分され、つまりは下位分類が生ずる事を論じた。「方言複合」とは同じ地域・同じ人ですら幾つかの方言を使い分ける事象に気づき、これを論じた。「方言境界」「方言複合」の二者の原動力となるものは交通・婚域等の人の行き来によるものである事を論じた。 君:つまりは当たり前と言えば当り前、特別な国語学の知識がなくとも誰もが納得できる理論を展開した書という事ね。 私:その通り。中学生でも読んで理解できる内容だろう。 君:いずれにせよ、日本人で初めてキチンとお書きになったのね。 私:ああ、その通り。さて「方言量」の話に戻ろう。本文ではカタツムリの方言量が如何に多いかを実証するために日本の各地で「まつ松」「さくら桜」をなんと呼ぶか、実はカタツムリと同様の調査を並行して行った事にも触れている。日本広しと言えども北から南まで松は松、桜は桜で、このふたつの方言量は1である事を実証したんだ。几帳面すぎる性格というか、こうなってしまうと・・先生って「方言フェチ」だな。ぶっ 君:なるほどね。フェチはあなたもよ。くどくて御免なさいね、松の方言量は1なのね。 私:そう、その通り。そして本文はこう結論付ける・・「方言生成の主たる原因が、必ずしも国語の癖・歴史の偶然だったのではない。即ち方言の差異変化を要求する力は目的物そのものにあった、という事にただちに心づかれ・・」。 cf 心付く=気付く 君:カタツムリという動物そのもの、生態・印象等がら生み出される心象、が人々にいろんなイメージを与え、各地の方言になるのだ、とおっしゃったのよね。 私:その通り。松の木はどうして「まつ松」というたった一個の言葉しかないのか、どうして松は各地でバラバラの方言にならないのか、つまり何故ゆえに日本語「まつ松」の方言量は1なのか、つまりは日本人は松を見てどうして各人がバラバラのイメージをいだいて様々な名前をつけないのだろう。それは外ならぬ松の木そのものに他の言い方を許さない確固たるイメージがあって、古来から日本人は皆が松の木を松と呼んで来た。僕にとっても松は松、永遠の松。嗚呼 君:万国共通かしらね。 私:ははは、そんな質問も待っていた。pine tree であれこれ調べてみたが方言らしきものは見つからなかった。おめでとう、松はどうも万国共通だね。ところがですね・・Snail-in-Eastern-England・・イギリス人もカタツムリの方言を情報発信していらっしゃる。 君:ほほほ、240には遠く及ばないわね。私の素直な感想は、日本語は日本語、英語は英語という事かしらね。 |
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