大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
東北と西南と |
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私:ここ数日だが柳田國男著・蝸牛考について紹介してきたが本書の内容はカタツムリだけに留まらない。多岐に渡っている。今日は表題の章について紹介しよう。意味は推して知るべしだよね。 君:ええ、わかるわ。東北は東北地方の事で、西南は九州。つまりは東北と西南という、中央を挟んだ二つの地方に共通する方言についてふれていらっしゃるのね。 私:その通り。カタツムリほど徹底的にお調べになったという訳ではないが、カタツムリの方言が例外的ではないという事を実証せんが為に他の例をお書きになった章だ。具体的には11個の方言。アケツ(とんぼ)・ウロコ(ふけ)・クラ(すずめ)・ミザ(地面)・ムゾイ(可愛い)・タンペ(唾)・アクト(かかと)・サスガラ(虎杖という植物)・デバ(出刃包丁)・トゼンナ(徒然)・ネバシとナラシ(真綿)。 君:聞かない言葉ばかりね。これらが東北にもあるし、九州にもあるという事にお気づきなさったのね。 私:そうなんだ。明治の農政官僚にしてはユニークな存在で稀代の方言収集家。然も東北・九州辺りを中心に講演してまわられた。幾つもの全国共通方言、つまりは都を挟んで日本列島の東北と西南に同じ言葉が方言として残っている事、つまりは中央で言葉が出来た後に周辺にゆっくりと伝わっていたのだろう、という事にお気づきになった。尤も、デバ(出刃包丁)という言葉は海上伝いに伝わったのでは、と推察しておられる。 君:どの言葉も飛騨方言ではトント聞かない言葉だわね。 私:あまり方言に興味が抱けない君、然も飛騨生まれ育ちとは言え昭和のお方にとっては耳慣れない語彙に違いない。これらは実は方言学での重要単語。つまりは田舎(ひな)には古き言葉残れり、江戸時代までの日本語の研究・つまりは国学でも、という事で国学者の皆様は方言にも着目し気づいておられたようだ。蛇足ながら飛騨には本居宣長の一番弟子・田中大秀がいた。ただし方言学という学問の形でキチンとした書物として出版さなさったのは蝸牛考の柳田先生のみと言ってもいいだろうね。要は古語なんだから、古語辞典が頭に入っていれば誰でも気づけるだろうけどね。早速だがヒント、例えば斐太高校の校章。 君:ほほほ、蜻蛉章(せいれいしょう)。つまりトンボ「あきつ秋津」ね。 私:そう。飛騨方言では「アケス」。大和の国の別名が「あきつしま秋津島」。先ほどは懐かしさのあまり卒業アルバムを開いてしまったよ。女子はセーラー服だが、蜻蛉章に代わるものは無かったのか。おっ、全員が白いソックスだ。校則があったんだろうね。同級生の一割がすでに故人になっている。生き残っている同級生でも大半が既に社会の第一線を退いているだろう。逢いたいものだが、コロナの影響もあって同窓会の通知がなかなか来ない。悲しい。 君:少し脱線気味ね。残り10個の言葉でも飛騨方言との共通方言はなかったのかしら。 私:ははは、待っていたぞ、その言葉。釣られたな。実は伝統的方言、つまりは明治辺りにお生まれになった飛騨の人々の言葉に存在する語彙なんだ。情報源なる土田吉左衛門著・飛騨のことば、には実は記載がある。 君:釣られた、とはお言葉ね。でも、アキツ以外は皆目、見当もつかないわ。 私:うん、それは僕も同然。ただし、君と僕の違いは僕が飛騨方言フェチだという事。この点で柳田國男先生と僕は同類項だ。先ほど来、土田辞書を調べまくったよ。なにせ飛騨方言が一万語の分厚い辞典だからね、死語だらけと言ってもいいが、僕にとっては宝の山。 君:死語が好きって、変なお方ね。ふふふ、監察医ね。 私:よくぞ聞いてくださった。開業して実際に監察医をやって来た。岐阜県警から任命されてしまって。 君:脱線ついでに、開業医の監察医のお仕事ってどういう仕事かしら。 私:大半の事柄が皆様にはお話できないことばかりだが、まあ、この程度ならいいだろう。要は・・変死体の採血だ。 君:ご遺体の採血。でもお亡くなりのご遺体は心臓が動いていないし、静脈は膨れていないし、困難なお仕事ね。 私:ははは、僕は内科医でも循環器が専門。長い針を用いてご遺体の太い静脈から採血する。鎖骨下静脈、上大静脈に狙いを定める。一突きの仕事だ。採血に失敗した事は一度も無い。採血後、すぐその場でトロポニンキットで検査、これで心筋梗塞でお亡くなりになったかどうかがわかる。結果がマイナスであれなかれ、一応は岐阜県警の科捜研で血液の薬物や麻薬の反応等をお調べいただく。当日に死体検案書をお書きする。 君:気持ちが悪いわ。脱線はいいから、飛騨方言のお話に戻してね。 私:はいはい。アクト(かかと)の事を飛騨方言の死語で「アツク」と言う。ネバシ(真綿)も飛騨方言の死語。「ネバシワタ」とも言う。「ネバリ」「ネバリワタ」も真綿を意味する飛騨方言の死語。 君:つまりは、貴方も私も戦後の生まれだから、戦前の飛騨方言、つまりは伝統方言については知らないも同然という事なのよね。 私:なんだ、わかっているじゃないか。これらの言葉は君のお父様やお母様の心に今も留まっているに違いない言葉なんだよ。つまりはだね、お父様やお母様が元気なうちにせいぜい聞き出して置く事をお勧めする。 君:そうね。父の認知症の進行が特に問題で。でも昔の事は驚くほど覚えているわ。 私:つい最近までは103歳のおばあちゃんを診察させていただいていた。子供の頃の事をお聞きするや、お話になるわなるわ、これがねぇ結構、面白い内容なんだ。 君:よかったわ。あなたって名は体を表す、つまりは平凡な医師なのね。変死体に語りかけるより楽しそうね。ほほほ |
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