大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

せんだい畑・飛騨方言

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あした天気になぁれ 様のブログがヒットし、飛騨方言クイズがあります。
"ばがたし、せんだい畑で野菜をしとねてとったら、 むずねっこにへんべがおったので、あらそっとたら、 へんべがごわかいておりの足に噛みついたもんで、 べんこくさかったでほかってやったさぁ〜。 あらそったおりがおぞかったのに、かになぁ〜。 そんなことしちぁ〜だしかんなぁ〜。"
翌日に早速、 あした天気になぁれ 様が解答を公開しておみえです。
"夕方、ジャガイモ畑で野菜を育ていたら、 すぐ側に蛇がいたので、からかったら、 蛇が怒って僕の足に噛み付いたので、 生意気だったので放り投げてやりました。 からかったボクが悪かったのに、ごめんね。 そんなことをしてはダメだよね〜。"
佐七の講評ですが、せんだい畑、とは実はせんだいもの畑、 の意味ですね。高山市サイトに詳しいのですが、 せんだいも、とは江戸時代飛騨を治めた名代官・ 幸田善太夫・こうだぜんだゆう、が広めた馬鈴薯だからです。 大西村では、やはり、せんだいもばたけ、と言うでしょう。 飛騨は広いので既に、せんだい畑、と言う村もある、という事 の様です。 マ行音、つまりは口唇音は発音し易いので脱落しにくい、 と考えるのは所詮、机上の空論。やはり脱落する事も ある、と言う事なのですねえ、ふーむ。

大学入試がありますと、翌日の新聞に、実は問題に 間違いがあって全員正解としました、などと言う 記事が載る事がありますが、上記の飛騨方言問題の、 ・・しとねてとったら・・、という箇所は、 明らかに、・・しとねとったら・・、あるいは、 ・・しとねておったら・・、の間違いですよね。 ちなみに、しとねる、という他動詞は、育てる、 という意味で、ひととする、が語源です。 つまりは、・・しとねてとったら・・という問題であれば、 野菜を育てて、そして育ち終わったその野菜を採ったら、 と答えれば正解という事になりますが、文意が通りません。 やはり、問題に誤植がある、と考えるべきでしょう。

むずねっこ、という言葉も筆者にとっては珍しい言葉です。 むんずとした根っこに、とでも訳せばよいのでしょうか。 あらそう、を、からかう、と訳しておられますが、 このような用法があるのでしょう。

おり、の事を、僕、と訳しておみえですが、うーむ、 名解答とはいえないのでは。 江戸時代は男女ともに用いたのです。 飛騨方言ではいまだに男女ともに用います。 そして夕方に畑でジャガイモを採る人と いえば、家庭の主婦、つまりは老婆と考えるべき ではないでしょうか。 寧ろ、からかった私が悪かったのに、と 訳すべきでしょう。

さてせんだい畑に生えているイモを果たして何というのでしょうか。 センダイモでしょうね。これだけは飛騨共通のはずですが。 蛇足ながら山梨県に、せいだいも、がありますね。 こちらも江戸時代の代官・中井清太夫、が語源です。ふふふ。 しゃみしゃっきり。

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