大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

飛騨方言と信州方言の違い・序

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馬瀬良雄氏著の"信州方言"(昭和46年)に詳しいのですが、 飛騨山脈というのは全国的に見ても一、二を争う方言境界という事で詳述しておみえです。 例えば、
          飛騨    信州
指定の助動詞    じゃ・や  だ    
否定の助動詞    ぬ・ん   ない
動詞命令形     おきよ   おきろ
サ行イ音便     有り    無し
  例       だいた   出した
形容詞連用形ウ音便 有り    無し
  例       しろう   白く
存在を示す動詞   をる    ゐる
回想辞そうだっけ  無し    よく用いる
特殊な接頭語(辞)  無し    あり
 例ぶったたく・ぶんなぐる
上皮        うわかわ  うわっかわ
川淵        かわぶち  かわっぷち
水鼻        みずばな  みずっぱな
腰骨        こしぼね  こしっぽね
頬         ほおべた  ほっぺた
面         しゃつら  しゃっつら
引き裂く      ひきさく  ひっさく
掻きさばく     かきさばく かっさばく   
などだそうです。その通りですね。 何でもかんでも促音便というのが信州方言の特徴のようです。 ただし、別稿・ハ行動詞連用形促音便の歴史に関する一考察 という事もありますので要注意です。

さて飛騨と信州を結ぶといえば平湯、野麦、長峰のたった三つの峠のみです。 多くの名詞の促音便が飛騨に伝播していない事実から、 考えられる事はただひとつ、活用品詞における促音便は すべて美濃経由で飛騨に入って来た可能性がある、という事でしょう。 美濃太田との境・中山七里、また加子母との境・舞台峠なら 誰でもピクニックできます。 つまりは飛騨山脈を越えて飛騨から信州へ、あるいは信州から 飛騨へ伝わった言葉などひとつもない、とまさに極論する事すら可能です。

この極論は野麦峠の下流に生まれ育ち、いつも飛騨山脈を眺めていた筆者には素直に実感できます。 冬は乗鞍全体が白くなり、人を寄せ付けぬ魔の山です。野麦峠を越える事は 死の危険を伴います。 また実は夏も同じで、若し舗装道路が無いとしたら、 誰とて徒歩で幾日も深山幽谷の中の獣道を野宿を繰り返し信州に向かう気持ちには 到底なれません。

蛇足ながら、ですから現在でも人は乗鞍の麓にほとんど住んでいないのです。 ところで誰でも小さな中部地方地図を見ながら一本の線・方言境界線を 岐阜・長野県境の上に書き、方言境界線と名づけたくなるでしょう。 がしかしその言葉による記し方は間違いです。 実際には飛騨山脈という巨大な境界帯なのです。 県境をまたいだ帯、人は住まず猿しか住まぬV字渓谷、です。

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