大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 音韻学 |
おった(おっこちた)続 |
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私:自タ上二おつ落、これの口語形が上一段活用のラ行自動詞おちる。表題の通りだが、飛騨方言では連用形が促音便になる。このお話の続きを。 君:何をお話しなさるつもり。飛騨方言がちょいと活用を間違えただけの事じゃないの。 私:まずは飛騨方言における自タ上二おつ(落)連用形促音便の成立時期について考察してみたい。 君:そんなのわかるわけないわよ。 私:その通り。動詞連用形促音便は一番に遅れて登場した音便、中央で平安後期から鎌倉にかけて誕生して地方に広まった。武士の台頭に一致するといってもいいだろう。「リ」の例:「支天」(「伐」:『日本霊異記』(823年))、「チ」の例:「アヤマテ」(「謬」:嘉祥3年(=850年))、「リ」の例:「破多牟天」(「徴」:『日本霊異記』(823年))、「リ」の例:「ノホンテ」(「昇」:康平6年(=1063年))、「リ」の例:「ノツトリ」(「規」:康和元年(=1099年))などがある。従って飛騨方言「おった(おっこちた)」の成立は遠くは平安後期だろうが、近くて近世語ないし近代語という事は明らか。 君:何を当たり前の事を。そういうのをゼロ回答というのよ。 私:もったいぶらずに、「おった」って近世語じゃないかな。近世語たる江戸語「おっこちた」という動詞連用形が誕生したので、これにつられて「おった」というようになったのかな。 君:つまりはモーラの脱落、短呼化ね。 私:飛騨人は「こち」が言いにくかったという事か。というか、「おちた」よりも「おっこちた」よりも「おった」が言いやすいので、これに飛びついた江戸時代の飛騨の人々。 君:語史、つまりは文献的裏付けがなくちゃね。 私:そんなものあるわけない。「おっこちる」すら語源は不明という事になっているのだから。蛇足ながら、落ちる、は複合動詞の後項成分になる。焼け落ちる、ずり落ちる、崩れ落ちる、こぼれ落ちる、生れ落ちる。以上だ。流石に飛騨方言とてこれらの動詞では連用形促音便にはならないんじゃないかな。また、飛騨方言では「おっこった(=おっこちた)」と言うだろうね。「おっこってまう(=おっこちてしまう)」は飛騨方言のセンスに合っていると思う。例文としては、受かったかよ?いや、おっこった、とかね。 君:また逆に、例えば、おっこっちまいやがって、と言えば江戸語のセンスに合っているわね。 ほほほ |
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