大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 音声学 |
音響心理学 psychoacoustics |
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私:表題だが、どう思う。 君:心理学の一分野ね。 私:心理学は国語学の一部、音声の心理学はまたその心理学の一部という事で、やはりこれは国語学の一部という事になる。当サイトでも心理学を一つのセッションにして、あれこれ取り上げてきたが、実に一面的な見方であったと反省している。人間が方言というものに対して抱く心の動き(つまり感情、例えば方言萌え・同郷意識・羞恥心、等々)というようなものにしか僕は注目してこなかった。そういった心理学の命題は別にしておいて、そもそもが人は聞こえた音(あるいは声、自然音、人工音)をどのような音として感ずるのか、あるいは騙されているか(錯聴の科学)、という心理学の分野が存在する。 君:具体的な例がいいわよ。 私:基本的なところとしてはメル尺度 Mel Scale という単位がある。 君:メル? 私:音の高低は周波数が規定するくらいは高校生が物理で習うが、人が感ずる高低と周波数は正比例しない。これを補正するのが人が感ずる音の高低メル。 君:うーん、物理学のテーマね。 私:違う。これこそ心理学の問題で、人の心の解析、つまりは国語学なんだ。メルがわからなければアクセントもトーンもイントネーションもわからない。 君:なるほど、それは分かったけれど、もっと具体的な例があるといいわよ。 私:例はここに。特に一押しのテーマは桃源郷のお国なまり: ―声のサッちゃん錯聴。目からうろこというのは此の事。 君:イントネーションを逆転させると日本人なら誰でも感ずる何となくどこかの方言に聞こえてしまうわけね。ほほほ 私:方言学というか、なぜ方言ができるのか、という命題には柳田國男の方言周圏論があまりにも有名すぎたのがあだになっているね。 君:方言周圏論を否定したくなってきたのね。 私:ああ、否定したくなってきた。あんなの、嘘っぱちだ。要は、聞き間違いといい間違い、これが繰り返されて方言になるんだよ。飛騨方言の子音交替(2)もご参考までに。聞き間違いの科学が音響心理学 psychoacoustics だ。 君:じゃあ、言い間違いの科学は? 私:それは音声学と音韻学だな。言語の一方向仮説、という言語学上の一大命題の答えとも一致する。言葉は言いやすい方向へ進化する。逆はあり得ない。 君:要は佐七は昨日までの柳田國男命・方言周圏論狂信者あらため、方言のメカニズムを、錯聴と言語の一方向仮説、即ち、聞き間違い・言い間違い仮説で行こうと思い立ったのね。ほほほ 私:柳田國男も罪なことをした。方言量という考え。幼児の使う言葉には方言量の多いものがめだつ。だから、方言出現の担い手は子供かな、と考えてしまうが、実は逆じゃないのかな。 君:どういう事? 私:思うに、方言出現の担い手は子供ではなく老人だろう。耳は聞こえず錯聴ばかりで、そしてモゴモゴと話す言葉も明瞭さを欠いてくる。若い世代がそれを受け継ぎ、次の時代の方言になる。どんなもんだい。方言周圏論はオワコンだ。 君:蝸牛考のアンチテーゼというわけね。ほほほ |
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