大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 心の旅路 |
三密せんけん |
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私:昨年までは飛騨方言の記述という事に拘って、敢えて全国の方言については言及しないで来た。 君:きょうはまた、ははあ、先だって愛媛県知事様のマスコミ会見で壁に貼ってあった方言キャッチコピーが気になってしかたなかったのね。 私:その通り。三密せんけん、喚起しとるけん、はなれとくけん、集まらんけん。 ![]() 君:全国の皆様へのメッセージではなく、愛媛県民の皆様へ、という事ね。 私:その通り。その辺が方言を知らない人間にとっては大変な落とし穴。だからこうやって書くのもびくびくだ。意味はどう思う? 君:喚気をします、離れます、集まりません、という強い意思表示という意味かしら。 私:ではないんだ。伊予方言に典型的、というか西日本の文末詞「けん」は原因・理由。従って「だから」と訳すべき。喚気しているから、離れているから、集まらないから。 君:つまりは「(そうしてこそ)コロナは防げます」という暗喩なのね。 私:そういう事なんだ。さらにもっと怖いことに「けん」の語源は「からに」であって、未来・推量・意志の重要助動詞「けむ」ではないという事。 君:なるほど、先行する用言に於ける接続則という点で、そのあたりが分かるわね。 私:どの古語辞典にも記載があるが敢えて、重要助動詞「けむ」に先行する用言は連用形。 君:その通りね。「喚気してありけむ、離れてをりけむ、集まらざりけむ」、文語は打消し「ず」で、「あり・をり」も口語で、共に連用形に接続と終止形・連体形に接続の違いが出てくるから、伊予方言「けん」の語源は格助詞「から」という事になるという理屈ね。 私:その通り。接続を間違えるとそれは最早、日本語ではない。飛騨方言も伊予方言も理屈は同じ。文語も口語も理屈は同じ。要は日本語には助動詞が用言に接続する場合、その助動詞によって自動的に用言の活用型は決定される。遺伝学で考えるとわかりやすい。そもそもの日本語文法、これは核酸遺伝情報、遺伝学 genetics と言ってもいい。その一方、個体の細胞の遺伝情報はすべて同じなのにあらゆる臓器に分化する。epigenetics だ。epigenetics が発現すると時に文語になり、時に口語になる。時に飛騨方言になり、時に伊予方言になる。ただし日本語という意味ではすべてが同じDNA。方言の発生や文語が口語に変化したのもDNAがメチル化やヒストン付加で遺伝情報が補正される事となんら変わらない。 君:生命科学の事はいいから、もう少し方言のお話にしてね。 私:ほいきた。伊予方言では原因・理由「だから」はケン・ケレ・キニ・キンを用いる。勝手な想像だが、「からに」から「キニ」、「キニ」から「ケン」に変化したに違いない。ところで助動詞「けむ」はどうだ。活用は四段型だね。過去の助動詞「き」の未然形は「け」だ。これの語源は推量の助動詞「む」が「け」という未然形に接続した複合助動詞。上代から近世の文語まで広く用いられ、日本人にはなじみの深い言い回しといってもいいだろう。おまけに中古以降に「けむ」は「けん」とも表記されるようになった。怖い話だよね。ついうっかりだまされちゃうよね。更には伊予方言「からに」が「けん」に変化したのは話し言葉の世界の事であって、一切、文献には出てこないはず。がはは 君:接続はとても大切ね。気をつけなくちゃ。ついでだから飛騨方言にも変換したほうがいいわよ。 私:ほいきた。喚気しとるで、離れとくで、集まらんで。 君:ただ「けん」を「で」に置換しただけじゃないの。飛騨方言は上代から「からに」は使わなかったようね。 私:ああ、多分ね。さて、いよいよ本題だ。飛騨方言では助動詞「けむ」も絶対に使わない。使うとしたら必ず「らむ」だ。「ろ・ろう」に音韻変化している。喚起しとるろ、離れとくろ、集まらんろ。僕が今、住む岐阜県可児市では「ら」になる。喚起しとるらぁ、離れとくらぁ、集まらんらぁ。 君:方言がたまらないのね。 私:ああ、名古屋じゃ「だ」。喚起しとるだ、離れとくだ、集まらんだ。 君:なるほどDNAはみな同じね。エピジェネティクスの問題なのね。 私:旅路といえば可児の自宅から佐田岬灯台へバイクで日帰りツーリングした事がある。往復で1200キロ。人間の限界だと思う。大阪まで戻った時、ここまでくれば大丈夫と感じてしまった。 君:えっ、無茶せんけん長生きできるのよ。やめて。 |
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