純文学 |
愛のかたみ・田宮虎彦(2) 田宮千代という女性 |
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小説家・田宮虎彦は実名ですから、亡き妻への書簡を題材とした随筆集・愛のかたみ、に書かれている妻、千代のお名前も当然ながら実名です。しりそめから結婚に至るまではサラリと書かれていて、二人三脚で小説家人生を始めるあたりからは極めて精緻に、克明に描かれていますので、本当に素敵な随筆だと思います。読んだのは先週あたりで、未だに興奮冷めやらぬ私はつい、キーボードに向かってしまいました。さて小説家の妻とは。 ★夫が売れないころは自らが稼ぎ手となって生計を立てる覚悟が必要です。 ★夫はぶらぶらと家にいるだけですが、帰宅後には家事も行い、夫のご機嫌取りの仕事にかからねばなりません。 ★夫は深夜まで書斎に閉じこもっています。明日も仕事がある奥様ですがある程度のお付き合いは必要です。 ★作品が仕上がりだすと妻の仕事は一気に増えてきます。 ★第一には最初の読者になってあげる事です。そして評価せねばなりません。つまりは鋭い評論家魂が必要とされるのです。 ★筋があまり面白くない場面もありましょう、そこをやんわりとヒントを与え、書き直しを促します。 ★小説家の卵にとっては屈辱的な事でしょうが、実は誤字・脱字すら見つかります。夫に国語教育すらしてあげないといけません。 ★このように、実は一つの小説は妻というゴーストライターの存在がいて成り立つ事が多いと田宮虎彦は告白しています。なぜなら、愛のかたみ、は妻の死後に彼がひとりで書いたものですから。 ★話が戻りますが、二人三脚で書き上げても行き詰まる事も多いのです。デッドロックです。起死回生策として、妻は一家の働き手で仕事があり、育児もあり、家を離れるわけにはいかないのですが、そんな妻が夫にお金を渡して気晴らしに旅行に行かせます。 ★再び書き始める夫ですが、女性の細かい心理描写は不得手などと言う事を妻に正直に告白し、ヒントをもらい、原稿は何度もの書き直しを経てようやく完成に近づきます。 ★完成したら完成したで、キチンと清書し出版社に持ち込むのは、これまた妻の仕事です。夫は悪筆で、これが読めるのは妻だけ。妻は達筆で習字の先生が出来る腕前です。何百枚もの原稿をコツコツと清書し、最終的に何度も読み返し、字句の間違いが無いか、つまり校正の仕事も妻の任務です。 ★出版社との駆け引き、つまりは交渉、これも妻の仕事です。 ★夫に更に成長してもらうために人脈作り、これも妻の仕事です。 ★小説が売れ出すと、妻は仕事をやめて印税で食べていけるか、決断する日が来ます。離職が早すぎると倒産です。ひとり悩みます。次がまた売れる保障はありません。 ★売れたら売れたで大変です。印紙にせっせと、何十万回もハンコを押すのも妻の仕事です。夫は既に次の小説を書き始めています。 ★夫が確実に売れ出すと、忙しすぎて体が持たないので人を雇おうか、迷います。 ざっとこんな感じで、いやあ田宮虎彦氏、幸せな結婚生活でしたね。羨ましい限り、私はこの本の前半は読んで心がほっこりとしてしまいました。それだけに奥様に胃癌が見つかり、闘病生活に入り43歳で早世なさるや、夫の心がポロポロと壊れていく描写、お一人での仕事、は泣けてしかたありませんでした。 |
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