HEAVEN 〜プロポーズは突然に〜



何もかも有耶無耶になったまま、大江戸ストアに向かうことになった銀時と
タイムセールに間に合わせるために、原チャリを飛ばす。
運転するのは、もちろん銀時。
そしてその後ろに、がちょこん、と横乗りの形を取る。その腕を、銀時の身体に回して。
前から受ける風と、背中から伝わる温もり。その取り合わせが、やけに心地よい。
 
「銀ちゃん、苦しくない?」
「それより、もっと力入れろよ」
「でも。銀ちゃんが……」
「バーカ。が落ちたりしたら、そっちの方が痛ェだろ?」
「う、うん」
 
言われるまま、遠慮がちに、それでも回した腕に力を込めた
それはつまり、の身体がより強く銀時の背中に押し付けられたということで。
その柔らかな感触―――早い話が、押し付けられたの胸の感触に、銀時は目眩を覚えそうな感覚に陥った。
現実に目眩など起こしていては事故になりかねないから、それは堪えたものの。
これからは、が買物に行く時には、必ず原チャリでお供しよう、などと銀時は勝手に誓いを立てていた。
だが、それを抜きにしたところで、から伝わる温もりの心地よさに、変わりは無い。
この温もりを、手放したくはない。
そんな思いが、ふと銀時の中に過ぎる。
ために。
 
「なァ、さっきの……」
「うん?」
「……ずっとここにいる、っつっただろ?」
「うん」
「アレって、ずっとウチにいるってコトか?」
「あ……もしかして、迷惑、だった……?」
 
銀時は衝動的に尋ねてしまう。
運転中であるから振り向けはしないものの、それでも、が表情を曇らせたであろう事は、その声音から察することができた。
おまけに、身体に回された腕の力も、心なしか緩んだのだ。察しは確信へと変わる。
原チャリのスピードを少し落とすと、銀時は片手をハンドルから離し、の腕を軽く掴んで力を込めさせる。
その行為にがはっと息を呑んだのがわかったが、それには気付かない振りをした。
代わりに、努めて明るい調子で言葉を投げかける。
 
「給料、出ねェぞー?」
「でも、楽しいよ?
 すっごく楽しいから。幸せだから……ずっと居たいなって、そう思ったの」
 
こつん、と背中に当たる、の頭。
その言葉に、嘘偽り、方便など、感じられるはずもなく。
らしくもなく、跳ね上がる心臓。
ごくりと思わず唾を飲み込み、銀時はに話しかける。
 
「……なァ、
「なーに?」
 
何の気負いも無い、の返事。
だが、それが余計に、これから銀時が言おうとしている言葉の重みを感じさせる。
先程は有耶無耶になってしまった言葉。
前を向いたまま、再び唾を飲み込むと、代わりにその言葉を押し出す。
 
「いっそ、俺に永久就職しねー?」
 
『そこのノーヘル原チャリぃ!
 さんだけ置いて、一人で事故ってなァ!!』
 
「あれ? 総ちゃんっ!?」
 
しかし、やっとの思いで押し出した言葉に被さるように、拡声器を通した無粋な声が響き渡る。
そして当然ながらの耳にも、銀時の言葉よりも拡声器の声の方が届いたらしい。
思わずがっくりとうな垂れる銀時に気付いていないのか、は「そういえば銀ちゃん、ノーヘルだったね」と呑気に声をかけてくる。
銀時のヘルメットは今現在、に貸出中なのだ。
それにしたところで、よりによって沖田総悟に、しかも重要な台詞を遮られ、銀時の心中は穏やかではない。
 
さん、今日はどうしたんで?」
「うん。大江戸ストアの特売日なの。それでタイムセールが―――
 
見廻り中なのであろうが、その車を寄せてまでに話しかけてくる沖田に、銀時は腹を立てたものの。
しかし、が口にした言葉に、素晴らしい口実を思いついたとでも言うように笑みを浮かべた。
 
。しっかり掴まってろよ?」
「え?」
「タイムセール、遅れるだろーが」
 
言うや、銀時は原チャリのアクセルを全開にする。
「きゃあ!」と悲鳴をあげ、銀時にしがみついてきたには構うことなく。
もちろんこれでパトカーを撒ける筈も無いので、細い路地へと入り込む。
そのまま走ることしばし。
目的地の大江戸ストアに近づいたところで、ようやく銀時はスピードを落とした。
すると、後ろから笑いを含んだ声が聞こえてきた。
 
「銀ちゃん。後で総ちゃんに怒られるよ?」
「上等」
 
怒られるならば、沖田からではなく、むしろ警察からであろう。
もちろん、沖田からの恨みも買っているであろうが、それは本気で今更のことである。
銀時にとって重要なのは、この行動に対するの反応。それだけだ。
そしてその反応は上々。
笑っているということは、当のは怒ってはいないということであろう。沖田との会話を途中で中断させられたことについて。
それは、沖田よりも銀時のことをが選んだかのように思え。
銀時は一人、優越感を抱く。
 
 
 
しばらく後。
銀時の元に、原チャリ二人乗りとノーヘルによる交通反則金の請求書が届いたのは、また別の話。



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何となく、オチつき。
原チャリは二人乗り禁止でしたもんね。確か。
あやふやな交通ルールを、記憶の底から引っ張り出してみる。