HEAVEN 〜時と場合を考えろ〜



が買物に行くと言えば、神楽もついていきたがる。
普段であれば、にこにこと笑って承諾するなのだが、この時ばかりはどういうわけだか、神楽の同伴をやんわりと断っていた。
ごねる神楽に自分の携帯を渡し、「帰ってくるまで、これ使ってていいよ」とまで言って。
に背を押されるようにして、その意図を読めないまま銀時は万事屋の外へと出ていた。
ここまで来てしまえば、面倒だから買物になど行きたくない、と断るのも妙な話ではあるし、何より、と二人きりで出かけられることは、素直に嬉しいと思う。
 
「んで、どこ行くんだ?」
「あ、大江戸ストア。今日、特売日だから」
 
言われてみれば確かに、そんなチラシを銀時も見た記憶がある。
カンッカンッ、と軽快な音を立てて階段を降りるの足音を後ろに聞きながら、ぼんやりと思い返す。
以前は特売のチラシは目聡く見つけていたはずなのだが、新八やがいる今では、いつの間にかそれは二人の役割となっていた。
別段、それが問題というわけでもないが。
できることならば、これから先もそうであって欲しいと―――独りではなく、誰かが傍に居て欲しいと、そんなことを考えてしまう。
もちろん、その『誰か』の筆頭は、以外の何者でもないのだが。
 
「銀ちゃん」
 
唐突に呼ばれて、銀時は振り返る。
いつの間にか軽快な音はやみ、は階段の踊り場で立ち止まって、じっと銀時を見つめていた。
 
「銀ちゃん。なんか最近、元気ないよね。何かあったの?」
 
その瞳は、何もかもを見透かしそうなほどに澄んでいる。
しかし、まさか沖田と毎日メールのやり取りをしていることが気に入らない、などとは口が裂けても言えるはずがない。
それではまるで、自分が嫉妬心の塊のようではないか。
事実、そうだとしても。
気まずさに、銀時は目を逸らす。「何でもねェよ」とぼそぼそと呟いて。
この程度でを誤魔化せるとも思わないが、少なくとも、話したくない、という意志は伝わるだろう。
案の定、は納得はしていないようであったが、引くことにはしたらしい。
それでも、それで終わりにはしたくなかったのか。銀時の着物の袖を掴み、が口を開く。
 
「……あのね。もしわたしにできることがあったら、何でも言っていいからね?」
 
わたしじゃ頼りにならないかもしれないけど……と、困ったような、開き直っているような、それでいてどこか泣き出しそうな、そんな苦笑。
浮かべられたその表情は、にはまるで似合わない。
だが、その似合わない表情をにさせてしまったのは、他ならぬ自分なのだ。
自身に対して舌打ちしたくなる銀時。
そんな銀時の胸中を何かしら悟ったのか、は銀時の着物を掴む手に、きゅっと力を込めた。
 
「……わたし、銀ちゃんに助けてもらったから……今、すごく幸せ、だから……
 わたしね、銀ちゃんにも幸せでいてほしいの……今度はわたしが、助けてあげたいの……」
 
銀時にしてみれば、そこまで感謝されるほどにの助けになった記憶は無い。せいぜい、店で痴漢から助けてやった程度だ。
だが、涙を湛え、それでも銀時を真っ直ぐに見つめてくるその瞳に、嘘偽りなどあろうはずがない。
の必死の訴えに、何かが氷解する。
たかがメールのやり取りに、イラついて。つまらないことで嫉妬して。
それでもは、こうして自分のことを気遣ってくれるのだ。
泣きそうになりながら、銀時の幸せを願ってくれている。
思わず銀時は、の身体を力一杯に抱きしめた。
 
「ぎ、銀ちゃんっ!?」 
「……俺、今すっげェ幸せだわ」
 
それもまた、嘘偽りの無い言葉。
驚きの声をあげたではあったが、それでも大人しく銀時の腕の中に納まっている。
 
「……幸せ?」
がそう言ってくれるだけで、ここにいてくれるだけで、幸せ感じられるんだよ。俺は」
 
小首を傾げて問うの耳元に、そう囁く。
階段一段分、普段より高めの位置にある、の顔。
その呼吸音すら聞こえてきそうな近距離に、今更ながらに銀時の鼓動が跳ね上がる。
拒絶することなく、腕の中にいる
抱き合う男女。
そこに深い意味を求めてしまうのは、当然であろう。
腕の中の。互いの幸せを願う二人。雰囲気は最高。
―――告白するなら、今しかない。
そう、銀時が覚悟を決めた、その時。
 
「ねぇ、銀ちゃん」
「どした、?」
「大江戸ストアのタイムセール、始まっちゃう……」
 
心底困っているような、の現実的な台詞に、銀時は思わず肩をこけさせたのだった。



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なんか銀さん寄りっぽい流れですね……
今更ですが、この連載に終わりなどありません。多分。
気が向くままにだらだらと続くラブコメ。いちご100%風味?(ものすごく違う)