HEAVEN 〜不安定な人々〜



「銀時、いるか?」
「帰れ、ヅラ」
「ヅラじゃない。桂だ」

いつもの応酬と共に、桂が万事屋内に上がり込んでくる。
が、銀時は不機嫌そうにジャンプに目を落としたまま、顔を上げようともしない。

「どうした、銀時」
「すみません、桂さん。銀さん今、虫の居所が悪くて」
「余計なこと言ってんじゃねーよ、新八」

銀時の現在の機嫌は、破滅的なまでに悪い。
と言うのも、前日にとぎくしゃくしたかと思えば、本日は急に休まれたのだ。
一階スナックのお登勢からそのの言伝を聞かされた銀時は、それ以来、拗ねたように不貞腐れている。
だが、それならと言って退去する桂でもない。
桂はまるで歓迎の意を示さない銀時に構うことなく、勝手にソファに腰を落ち着けた。

「そういえば、あのデカい犬が見当たらんな」
「定春なら神楽ちゃんが散歩に連れていってますけど……桂さんこそ、エリザベスは?」

お茶を出しながら、新八が問い掛ける。
新八にしてみれば、世間話以外の何ものでもない話題であったのだが、それはその場限りの話で終わることはなかった。

「そこだ。そこを俺は貴様に頼みにきたのだ」

ここに至り、銀時はようやく何事かと顔を上げる。それでもその顔に浮かんでいたのは、億劫そうな表情ではあったのだが。
だが、今更その程度のことを気にする桂ではない。
真っ直ぐに銀時の顔を見て、桂は口を開いた。

「エリザベスを、とある女の手から救い出すのを手伝ってくれ」
 
 
 
 *  *  *
 
 
  
「ここだ」

桂に引きずられるようにして、銀時、新八、そして定春の散歩から帰ってきた神楽は、とある長屋の前に来ていた。
どうやら、ここに住む女性が、エリザベスを拉致監禁(と桂は言い張っている)しているらしい。
だが、エリザベス救出に張り切る桂に対して、銀時のテンションは下がりっぱなしである。

「どうした、銀時。うまく行けば、報酬は貴様の好きな甘味一年分だぞ」
「今の俺は、どうせなら一年分の方が欲しーよ」
一年分なら、私も欲しいアル」
「いや、アンタら。一年分のさんって、何ですか」

新八のツッコミも余所に、銀時と神楽は、それぞれ一年分というものに思いを馳せている。
そんな二人を意に介さず、桂は一人さっさと部屋の扉に手をかけていた。
このまとまりの無いメンバーで、果たして目的が達成できるのか。新八は一抹の不安を覚える。
が、新八が思わず溜息をつくよりも先に、「ごめん」と桂が扉を開き。
その途端。

「しつこいです! エリザベスは帰らないって、言ってるじゃないですか!!」

室内から聞こえてきた声は、万事屋三人には聞き慣れたもの。
驚いたのも束の間。部屋の前にいる桂を押しのけて三人が中を覗き込むと。

!」
「え……銀ちゃん!?」

部屋の中にいたのは、エリザベスと、それを庇うようにして立っているだった。
この状況。桂が言う「エリザベスを拉致監禁している女」というのは、のことなのか。
軽く混乱状態に陥る銀時の横を、神楽がすりぬけて部屋に上がる。そしてやはり驚いているに抱きついた。

! 心配したネ! 銀ちゃんに愛想尽かすのはいいけど、私にまで愛想尽かせたらイヤヨ!!」
「か、神楽ちゃん?」
「神楽てめーは黙ってろ!」
「なんだ銀時。知り合いか?」

だが桂の問い掛けも、銀時の耳には入っていないらしい。
代わりに新八が、「ええ、まあ」と曖昧に頷く。

「なに、。今日うちに来なかったのって、もしかしてそのペンギンお化けのせいなわけ?」
「お化けじゃなくて、エリザベスだよ」

真顔で言うに、何故か桂が頷いている。
だが、が否定しなかったことに、銀時は見るからに不機嫌になった。

「そーかよ。は俺よりも、そのペンギンお化けの方が大事なんだな?」
「ぎ、銀ちゃん……そんなこと……」
「銀ちゃん。男の嫉妬は見苦しいアルヨ」

神楽が非難したような目を向けるも、銀時は無視してをじっと見ている。
だが、最初はおどおどとしていたも、いつまでも機嫌を直さない銀時に焦れたのか、キッとその顔を見据えた。

「だって! エリザベスがかわいそうだったんだもの!!」
「かわいそうだと?」
「そうでしょう!? だって、喧嘩して、怒ってるのに!
 謝ってもくれなくて、怒った理由も言わなくて、だけど戻れ、なんて!
 振り回されてる身になってよ! エリザベス、かわいそうじゃない!!」
 
銀時に向かっていたはずが、いつの間にかの矛先は桂へと向いていた。
の剣幕に思わずたじろぐ桂だったが、それでの言葉が止まるわけでもなく。
 
「わからないよ! 何も話してくれないんじゃ、わからなくて不安でっ!!
 不安で怖くて……っ、嫌われてるんじゃないかって、そう思えてきて……っ!!」
。泣いちゃダメヨ。泣かなくても、悪いのは全部あの天パーとヅラしかないネ。は悪くないアルヨ」
 
とうとう泣き出したを神楽が慰める。
それを呆然と見ているしかなかった男たちだったが、第三者的に成り行きを見守っていた新八が、ぼそっと銀時に話しかけた。
 
「銀さん。さんの今の言葉、これ絶対、銀さんのことも含んでますよ」
「はァ?」
「アンタがつまらない嫉妬なんかして、理由も言わずに冷たくされたから、さんも不安だったんですよ」
「今のはエリザベスの話だろーが」
「……アンタ、本ッ当にどうしようもないな」
 
処置なしとばかりに新八は肩を竦めたが、そんなことは言われずとも銀時も悟っているのだ。
ただ、他人から指摘されたのが面白くないだけだ。
ついでに言えば、神楽から問答無用で悪者扱いされたことも面白くはない。
更には、泣いているを神楽とエリザベスが慰めているのも面白くない。
面白くないこと尽くめである現状を打破する方法は、一つ。
 

 
銀時が呼びかけると、がびくりと肩を震わせる。
神楽とエリザベスが睨みつけてくるものの、そんなことに構っている場合ではない。
刺さるような視線は極力無視。銀時の視線の先にいるのはだけ。
目に涙を溢れさせているをどうにかしなければと思うと同時に、冷たくされて泣いてしまう程度には、は銀時のことを好きなのだと。そうも考えてしまい、思わずにやけそうになる顔を何とか持ち堪えなければならない。
あっさりと直った機嫌。次にすべきは、の涙を止めること。
 
。悪かった」

銀時の言葉に、は驚いてその顔を見つめる。
その顔に笑顔が浮かぶのはもうすぐか。たった一日見ていなかっただけだというのに、何日も見ていなかったかのような錯覚に陥る。

「あー、そのな? 八つ当たり、みたいなもんだったんだわ。ほんと、悪かった。もう二度としねー―――
「騙されちゃダメヨ、! 男の口約束なんて信じても泣きを見るだけだって、マミーが言ってたネ!!」

だが、意を決しての銀時の謝罪の言葉が終わらぬうちに、神楽がそれを否定する。
そこまで言われては、銀時も神楽のことを無視できない。

「てめっ、神楽!! 俺は誠実だろーが! を泣かせるつもりもねーよ!!」
「現在進行形で泣かせてる男が言っても、説得力は無いネ!」

そして睨み合う二人。当のは、置いてけぼりを食らったかのように、呆然と成り行きを見守っている。
その背後では、いつのまにか桂がエリザベスに対して必死に話し掛けていて。そちらはどうにか収まりそうではあるものの。
困り果てたに視線を向けられた新八は。
やはりすんなりと解決することはできなかったかと、諦めたように肩をすくめるしかできなかった。



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必要以上に長くなってしまったです。
ようやく桂さんでてきました。エリザベス一筋っぽいヅラが(笑)