HEAVEN 〜勝てない原理〜



何やら屯所内が騒がしい。
一体、何があったのかと土方が見回ってみると、とある部屋の前に人だかりができていた。
その部屋は、この真選組を束ねる局長である近藤の部屋。

「オイ。何やってんだ、てめーら」
「あ、副長」

問い掛けると、数人が顔を向けてきたが、その他は相変わらず部屋の中を覗き込んだまま、土方を見向きもしない。
別段それが腹立たしかったわけではないが、部屋の中で何が行われているかは気になってしまう。
視線を向ければ、それと察した隊士の一人が口を開いた。

「沖田隊長が、女の子を連れて来たんですよ」
「女だと?」
「しかもどうやらここに住むって……」
「はぁ?」

何がどうなっているのか、土方にはさっぱり理解できない。
下世話かと思いつつ、それでも気になって土方は他の隊士たちと同様に部屋の中を覗き込んだ。
室内には、こちらを向いて近藤が座り、それと向かい合うように沖田がこちらに背を向けている。そしてその隣にちょこんと正座しているのは。

!?」

周囲の隊士たちが驚くのにも構わず、土方は声をあげていた。
当然その声は部屋の中にも届き、中にいた3人も声のした方へと顔を向ける。
驚いたように振り向いた女はやはりで、だからなぜ後ろ姿だけでわかってしまうのかと、土方は自分のことながら不思議でならない。
だがその前に、が屯所に、しかも近藤の部屋にいることが不思議ではある。

「土方さん!」
「え、なに? 二人とも知り合いなのか?」

目を瞬かせると呆然とする土方に、近藤が交互に目をやる。

「なら、紹介の手間は省けたな。今日からここに住み込みで働いてくれることになったんだ」
 
「本当なんですか、局長!!?」
さん、さんって呼べばいいんすか!!?」
「あ、あのっ! ぜひ俺とお付き合いを―――
 
「てめーら散れ! 仕事しろ!!」
 
近藤の言葉に騒ぎ出した隊士たちを、土方が一喝する。
部屋の中のに未練たらたらの彼らも、しかし土方の睨みに耐えかね、すごすごと場を離れていった。
残されたのは土方と、部屋の中の三人。
目を瞬かせていると近藤。その中でにやにやと一人笑っている沖田が憎らしい。
すべての元凶は沖田だろうと、土方はあっさりと見当をつけた。
その魂胆もある程度は見当がつき、頭を押さえたくなる。
 
「近藤さん。アンタ、自分が何を言ってるかわかってるのか?」
 
確かに屯所に出入りする女中ならば何人かいる。
だが、だからといって男所帯に女を住み込ませるなど、できるわけがない。
しかも、相手は
たった今の隊士たちの反応からだけでも、大騒ぎになることは目に見えている。
それだけならまだしも、の身に何かあったらどうするのだと、土方は言外に言ったつもりだった。
が、その言外の言葉を軽やかに無視する人物が、この場にはいるのだ。
 
「さすが鬼副長でさァ、土方さんは。
 さんが困ってるのに、理由も聞かずに追い出しにかかるなんて」
 
言うまでもなく、沖田だ。
至極真剣な表情を装ってはいるものの、腹の中では大笑いしているであろうことが、土方には手に取るようにわかる。
が、人の好いと近藤が、そんなことを悟るわけがない。
沖田の責めるような表情を、真に受けている。
 
「そ、総ちゃん。悪いよ、そんなこと。わたしだって図々しいと思うし……」
「オイ、トシ。そう固いこと言うな。ちゃんが困ってるんだぞ。住む部屋が無いって」
「……は?」
 
近藤の言葉に、そんなわけがあるかと返しかけ、ハタと土方は思い当たる。
携帯電話の基本料金すら、まともに払えない
万事屋の給料がどれほどのものかは知らないが、一人暮らしをしているのだとすれば、その家賃もまともに払えないのではないか。
多分に同情心を抱きながらに目をやれば、しゅん、と困ったようにうな垂れている。
の性格を考えれば、他人に迷惑はかけたくないが、それでも相当に切羽詰ってはいるといったところか。
その心情までわかった気になれる自身が、土方は不思議でならない。
ついでに言えば、そんなの表情を目にしては、強くは出られなくなるというのも不思議ではある。
 
沖田の思惑に乗るのは癪に障るが。
それでも、を追い出すことなど、今の土方にはもはやできなくなっている。
 
「一つ、いいか。他に当ては無ェんだな?」
「あ、あの! 探してるんですけど、その……」
 
恥ずかしそうに顔を俯けたあたり、やはり金銭的な問題なのだろう。
語尾を濁すのも、確かに堂々と言いづらい理由ではある。
だが、これで追い出す理由は無くなってしまった。
何より、万事屋に勤めているはずのが、沖田に連れてこられたのであろうとは言え、ここを頼ってきたのだ。
それはそれで、決して悪い気はしない。
 
「……当てが見つかるまでだ。いいな」
「いいんだな、トシ!」
「あ、ありがとうございます!」
 
結局、このお人好し二人には勝てないのだ。
嬉しそうに笑うの顔を一瞥し。
物言いたげな沖田の視線を無視し。
厄介事を抱え込んだという思考を頭の隅に追いやりながら、土方はその場を後にした。



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久々に書くと、わけのわからないことになっております。
えー。次も真撰組ネタになるかと思います。