HEAVEN 〜駆け引き知らぬは本人ばかり〜



「おはようございます、土方さん!」
 
にこにこと笑うに、眩暈を起こしそうになる。
自覚してしまったが最後、意識するなという方が無理な話だ。
それでも極力平静を努めながら、土方は生返事を返す。
 
「あ、お盆。わざわざ持ってきてくれたんですか?」
 
ありがとうございます、とがぺこりと頭を下げる。
に比べてみればほんの些細な気遣いでしかないというのに、それでもが本当に嬉しそうな表情を浮かべるものだから、土方も思わず笑みを浮かべてしまう。
この表情を見られただけでも、盆を返しにわざわざ台所まで来た甲斐があったというものだ。
それにしても、朝からよく働く女である。
差し入れに来た時間を考えても、昨夜は遅かったであろうに。何事も無かったかのように、朝から忙しなく台所仕事をしているのだから。
鍋の中の様子を見ながら、「今日の朝食はですね―――」と楽しそうに話すは、見ているだけでも心地よい気分になる。
夜勤明けとは言え、得をした気分だ。
 
「卵焼きの味付け、だし汁と塩胡椒と、どちらがいいですか?」
「あァ、そうだな……」
 
マヨネーズがいいと即答しかけたところで。
しかしそれを遮るように、台所に入ってきた者がいた。
 
さん。ただいま帰りましたぜィ。それから卵焼きは塩胡椒でお願いしまさァ」
「お帰り、総ちゃん。お仕事お疲れさま。じゃあ塩胡椒でいいですか?」
 
にこにこと、やはり同じ笑顔を沖田に向け。
その笑顔のまま、卵焼きの味付けの承諾を土方に求める。
ここで否定するのも大人気ない上に、何よりを困らせてしまうだけだろう。
不承不承ではあったが、土方は頷く。
卵焼きの味付けもだが、せっかくのとの時間を邪魔されたのが土方には面白くない。
だがそれは、沖田とて同じ事。
夜の見廻りもサボらず行うのは、偏に朝のの時間を独り占めするためだというのに。
今日に限っては何故か土方がのすぐ傍にいるのだ。
いつの間にかを下の名前で、しかも呼び捨てで呼んでいることといい、何があるのかと考える間でもない。
確実に、土方もに対して気があるのだ。
どうやらを狙う人間は、どこにでも転がっているらしい。
だが、いくら多かろうとも、肝心のの意識がそちらに向かなければ、何の問題も無いのだ。
 
さん。一つお願いしてもいいですかィ?」
「どうしたの、総ちゃん?」
 
土方に向けられていた笑顔が、沖田へと戻される。
たったそれだけの事にすら優越感を感じてしまうほど、この恋心は重症らしい。
面白くなさそうな土方のことは当然無視して、沖田はさも疲れたというように手近にあった椅子に腰を下ろす。
 
「ちょいと疲れましてねィ。申し訳ねェですが、先に飯食わせてもらってもいいですかィ? 今日は早めに休みたいんでさァ」
「お味噌汁とお漬物しかないけど、いい?」
「十分でさァ」
「部屋に戻っててもいいよ? 持っていってあげるから」
「そこまで甘えるわけにはいきませんぜィ」
 
大丈夫だから、と言えば、はそれ以上は強く言ってこない。
「ちょっと待っててね」と断ると、味噌汁を温め直し、その間に握り飯を手早く作ってしまう。
その手際のよさもさることながら、味は上々。何より、沖田一人のために動いてくれるという事実に、思わず笑みがこぼれる。
更にはこの間、土方が完全に置いてきぼりを食らっているのがおかしくてたまらない。
 
「はい。総ちゃん。これ食べたら、ゆっくり休んでね」
「そうもいかねェんでさァ」
「え?」
 
そこの鬼副長がうるさいですからねィ、と言ってやろうかと思ったが、視線を向けてみれば、いつの間にやら土方は立ち去った後だった。
とりあえず今回は、沖田に軍配が上がったということか。
にはわからないようにほくそ笑みながら、「なんでもありませんぜィ」と沖田は頭を振る。
無用な心配をさせる必要はどこにも無いのだ。
朝食の準備に戻ったの背中を見つめながら、思惑通りにとの時間を独り占めできたことに満足する。
だが、それはさしあたっての満足でしかない。
誰より強力な恋敵は、まだ他にいるのだから。
 
「総ちゃん、ごめん! お茶淹れてなかったね! 今用意するから!」
「あァ、そんなもの後でも構いませんぜィ」
 
それでもとりあえずは、今のこの時間を堪能するに限る。
茶を出すに礼を述べ、沖田は他の人間には滅多に見せない笑顔をへと向けたのだった。



 18←  →20



久しぶり! かなり久しぶりに書きました!!
やっぱり書いてると楽しくなる……
……でもこれ、誰とくっつくんだ?(わかってないのか)