HEAVEN 〜捜査は足が基本〜



朝からの様子がおかしい。
いつもであれば万事屋にやってくるや手際よく朝食の準備をし、食事が終われば片付け掃除洗濯までを手早くこなしてしまうなのだが、今日に限ってはどこかぼんやりとして手が進んでいない。
昨日の夜まではいつも通りだったのだ。屯所まで送るという銀時の申し出をやんわりと断り、にこにこと見慣れた笑顔で万事屋を後にしたのが昨夜。
そして今朝。まだ寝ている銀時をいつもであればが優しく起こしてくれるのだが、今朝は神楽に乱暴に起こされてしまった。おかげで今日の銀時の寝覚めはすこぶる悪い。
だがいくら機嫌が悪かろうとも、の様子がおかしいという事実の前には吹き飛んでしまう程度のものでしかない。
もちろん本人に聞いたところで「何でもないから!」と首を横に振るだけ。
しかし、心ここにあらずといった風情を見せたかと思えば途端に頬を赤らめたりされては、何もないという本人の弁を信じろと言う方が無理な話である。
 
「さてはアレだな。ようやくが俺のこと意識するようになったって考えてもいいんじゃねーの?」
 
とりあえず気分転換させようと、神楽と定春をお供に買物兼散歩をに言い渡して外に出してしまうと、銀時はにやにや笑いながらそんなことを口にした。
だが聞かされている新八にしてみれば、それだけはありえないだろうという思いが強い。
可愛くて気も利いて面倒見も良くて敢えて問題点を挙げるならば年齢の割に世間に擦れていない事と言うしかないようなが、社会不適号者の代表格たる銀時とどうこうなるなどとは、それはもう何もかもが間違っている。
それに何より、昨夜万事屋を出る時は様子のおかしいところは何も見られなかったのだ。となれば、万事屋を出てから今朝やってくるまでの間に何かあったと考える方が自然だろう。一番可能性が高いのは、が寝泊まりしている真選組屯所。
 
「だからアレだって。夢の中で俺と何やかんやあって、それで俺のこと意識しちゃってるとかじゃねーの?」
「アンタはもっと現実を見ろ!!」
 
どうしてもは自分に気があるということにしたいらしい。
気持ちはわからないでもない。を他の男に取られたくないからこそ、経営状態の芳しくない万事屋に雇い入れるなどという無茶をやったのだろうから。
しかしライバルがライバルだ。
他に誰がいるかは新八にはわからないが、少なくとも沖田はのことが好きだろう。
性格はともかくとして、年収、顔。どちらも比べようがない。普通ならば誰しも沖田を選び、銀時に勝ち目はあるはずもない。
 
「普通に考えたら、誰かに告白されたとかじゃないんですか? それこそ沖田さんとか」
「イヤイヤ。なに言っちゃってんの。があのドS王子なんかに引っ掛かるはず……」
「でも仲良いですよね」
 
何せ「総ちゃん」と呼ぶほどの仲だ。しかもあの真選組一番隊隊長に向かって。
それを言ったら銀時の事も「銀ちゃん」呼ばわりなのだが、こちらはそれが特別だという気はさほど感じられない。
時折頬を赤らめていた様子から察するに、も悪い気はしていないのだろう。
そうと決まったわけでもないのに、どうやらは沖田あたりに告白されたらしいと結論づけた新八は、がまかり間違って銀時と付き合うことにならなくて良かったと安堵していたのだが。
安堵からは程遠い心境なのが、銀時である。
確かに自分がモテない自覚はある。対する向こうは、黙ってさえいれば女には不自由しなさそうではある。
が、は断じてそんな表層に左右されるような女ではないし、今までの様子から脈はあるはずだと信じてきたのだ。
それを突然横から掻っ攫われるなど、我慢できるはずもない。
だが、とここで銀時は思い直す。
告白云々は所詮新八の想像でしかなく、決して事実ではない。
かと言って事実を確かめようにも、は問いつめたところで口を開きそうにない。ああ見えて結構頑固なところがあるのだ。
ならば、状況証拠から推論を組み立てていくしかない。その状況証拠を集めるには、に何かあったと思われる場所に行くしかない。
気は進まないどころか全速で逆走したいところではあるが、のため、というよりもむしろ自分の精神衛生上のため、背に腹はかえられない。
立ち上がり「ちょっくら行ってくらァ」と玄関に向かえば、「頼みますから屯所を破壊したりしないでくださいよ?」などという声が追い掛けてきた。どうやら行き先はバレているらしい。
銀時としては破壊活動に勤しむつもりはないが、予定は未定。あちら側の反応次第ではただで済ませるつもりは毛頭ない。
穏便に済むかどうかはヤツらに聞いてくれ。
そう胸中で新八に返して、銀時は万事屋を出た。



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おおう。ヒロインちゃん、出番無し!
そして次回も出番無さそうな雰囲気です……