HEAVEN 〜何人たりとも抜け駆け禁止〜 意気込んで出て来てみたはいいものの、さて一体どうすべきか。 少しばかり落ち着いてきてみれば、やはり真選組の屯所などに押し掛けるのは面白くない事態になりそうだ。 そもそも面白くないことに、は屯所で暮らしているのだ。下手に押し掛けて後でに告げ口でもされようものなら、言い訳のしようがないし、も陰でこそこそ調べられていたことを気持ちよく思わないだろう。 だからといって、このまま事態を放置しておくのも躊躇われる話。万が一にでもが他の男と付き合うようになりでもしたら目も当てられない。 結局この先、どう動いたところで面白くない展開が待ち受けているようだ。 ならば比較的耐えうる行動を選択する他なく―――さてどうするかと街中をあてもなくぶらりと歩いている最中で偶然にも店を覗いている沖田を発見してしまった。犬も歩けば棒に当たるとはこのことだな、とやや間違ったような、けれどもやはり間違っていないような諺が銀時の脳裏に浮かぶ。 今日は非番なのか私服姿の沖田は、の名前を出すと、店の奥に向かって「今の包んどいてくだせェ。後で取りに来まさァ」と声をかけて抵抗するでもなく銀時と並んで歩きだした。まったくの名は偉大である。 「それで、さんがどうかしたんで?」 だが長々と無駄に一緒にいるつもりはないようで、沖田は話を催促する。 銀時にしても長時間共にいたい相手ではない。さっさと終わらせようと簡潔に口を開いた。 「あのよ。今朝の、どっかおかしくなかったか?」 「今朝、ですかィ……俺といた時はいつも通りでしたけどねィ。何かあったんで?」 「何かあったのか、それを今調べてんだよ」 に聞いても話してくれねーし、と正直に言うと、その点については沖田にも何か心当たりがあるらしく、しみじみとした面持ちで頷いている。 他人に迷惑をかけたくないのはわかるが、それでも少しくらいは自分を頼ってほしいと。奇しくも男二人の心境は一致した。 と言ってもこの場においてそれはまるで意味のない事ではある。 「ウチに来たときにはもうおかしかったんだよな。でもテメーらのとこでは普段通りだったってか」 「でも俺がさんと顔合わせたのは明け方ですぜィ?」 夜勤で明け方前に見廻りに出たのだ。屯所に戻ってきたのがちょうど明け方。まだ少し眠そうなに笑顔で出迎えられ、「ごめんね。まだご飯できてないの…」と何度も謝られ。昨夜の残りでいいと言っても、本当に申し訳なさそうに謝りながら簡単な朝食を出してくれたのだ。沖田にしてみれば、朝のこの一時、を独占できさえすれば、朝食のことなど二の次。台所で立ち回るの姿を独占して満足したところで、一眠りするために自室へと引き上げたのだが。 「だから、俺が寝た後で何かあったって可能性もありますぜィ……何なら今から屯所に行ってみやすか?」 「……俺もか?」 できることならば行きたくはない。行きたくはないが、しかしやはり自分で確かめたいという思いはある。 ひょいと肩をすくめた沖田について歩くことしばし。 真選組屯所に着いた二人は、目を丸くした近藤に出迎えられた。それはそうだろう。どうしてこの組み合わせで屯所に現れるのか、まるで見当がつかないのだから。 だが話を聞いた近藤は、納得したように頷いた。 「ちゃんか……確かに今日はなんかそわそわしてるなァとは思ったが」 「マジか!?」 「イヤ、でも朝はそうでもなかったような……」 「どっちなんですかィ、近藤さん」 「ちょっ、待ってくれよ。どうだったかな……」 「オイオイ。記憶力もゴリラ並ですか、お前は」 「ゴリラって言うな!! これでも一生懸命なんだぞ!!」 「話が進まねーや。近藤さん、今朝さんに会ってからの事を順番に思い出してくれやせんか?」 沖田に場を仕切られるのは何やら面白くないが、確かにゴリラもとい近藤に構っている暇はない。 銀時が口を閉じると、近藤も気をとりなおして記憶の糸をたぐる。 と最初に顔を会わせたのは台所だ。誰より早く起きて台所仕事をこなすに声をかけるため、近藤は起きてから真っ先に台所に行くのだ。 今朝は何を話しただろうか。お妙のことは昨日話した。松平片栗虎に対する愚痴はその前だ。今朝は…… 「そうだ。トシがまだ起きてこないのは珍しいって話になって。で、ちゃんが起こしてくるって。その時は普通だったなァ……」 「で、さんが土方さんを起こしに行って、それから近藤さんは?」 「ああ。普通に顔洗って歯ァ磨いてメシ食って……そうだ。その時ちゃんがそわそわしてたから、急ぎの用事があるなら片付けは俺らに任せて出かけてもいいって言ったんだっけ、俺」 「となると、さんに何かあったとするなら……」 「オイ! あのマヨラーはどこにいんだ!!?」 「旦那、こっちですぜィ」 突如近藤の胸倉を掴み上げて問い質した銀時だったが、沖田の誘導にあっさりと手を離す。 目を白黒させている近藤を置いて、沖田に先導されるままに屯所内を進み。 到着した部屋の障子を開けるや否や、銀時は中にいた土方に掴みかかっていた。 「テメェ! に何てことしやがったんだ!!?」 「っ!? なんでてめーがここにいるんだよ!!?」 こんな場所にいるはずのない銀時が目の前に現れたことに、もっともな疑問を土方は投げ掛ける。 だが銀時にしてみれば、そんなことはどうでもいい。最重要なのはのことだ。 「俺のに何しやがった!? ちゅーだろ、ちゅーしたんだろ!!?」 「な、なんで知ってんだ!!?」 「やっぱりそうなんじゃねェか!! がテメー起こしに行ったって話聞いてイヤな予感がしたんだよ! のおはようのほっぺにちゅーはウチだけの特権なんだよ! 返せ! 今すぐ利子つけて返せ!!!」 「できるかァァ!! って言うかアレ仕込んだのてめーなんじゃねェか!!!」 「俺じゃねー神楽だ! 羨ましすぎたんだよチクショー!!」 「どういう教育してんだてめーは!?」 「文句はあいつの親父に言えよ!!」 「……土方さん、旦那ァ。そこにいると危ないですぜィ」 テンションの低い沖田の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には二人のいた場所がバズーカで撃ち抜かれていた。 辛うじて避けることができたのは、身についた反射神経のおかげか。 「総悟てめー! 今の俺を狙っただろ!!」 「って言うか俺まで殺ろうとしただろオイィィィ!!!」 「それは被害妄想ですぜィ。なんか見えちゃならねェものが見えただけでさァ―――ちっ」 「舌打ちしやがった! 今絶対に舌打ちしやがったよコイツ!!」 何故いきなり殺されかけたのか。 考えずともわかる話で、沖田にしてみれば目の前の二人が繰り広げる言い争いの内容が面白いはずもない。 これでは、朝の一時を独占しただけで満足感を覚えていた自分が馬鹿みたいではないか。 「心配いりやせんぜ。二人とも攘夷浪士にやられたって事で俺が丸く収めておきまさァ」 「収まってないだろそれェェェ!!!!!」 やはり事は穏便には進まないようだ。 本日最大級の絶叫と爆音が、屯所内に響いた。 22← →24 この男たち三人が関わって大人しく済むわけがないという話。 ![]() |