HEAVEN 〜恥はかき捨て〜



のどかな川辺り。土手の上の道で風を受けながら、は神楽と並んで歩いていた。
買物ついでに定春の散歩を頼まれたのだ。
手には買物袋を提げ、隣で身振り手振りを加えて賑やかに話す神楽に笑顔を向け。
微笑ましい気持ちになるものの、それでもは不意に今朝の事を思い出してしまう。
あれは事故みたいなものだと思えばいいのだと自分で言い聞かせてみても、どうしても思い切ることができない。
不快だったとか、そういったわけではないのだが―――何となく、気恥ずかしい。
土方にしてみたら取り立てて騒ぐ程の事ではないのかもしれず、自分一人が意識してしまっているのかもと思うとますます恥ずかしい。
こんな心境で一体どんな顔をして土方に会えばよいのか。それがにはまるでわからないのだ。
かと言って、誰に相談できる話でもなく。結局は一人で悩む羽目になっているのだ。
 
「あ! ヅラネ!!」
 
神楽の声にはっと我に返ると、神楽が指差した先には言葉通りヅラこと桂小太郎がエリザベスを引き連れてこちらに向かって歩いてきていた。
銀時に聞いた話では桂は攘夷浪士として指名手配中の身らしい。そんな人物が昼日中から堂々と外を歩いていいのかと思わないでもなかったが、桂の様子からするにいつものことなのだろう。神楽の言葉に「ヅラじゃない、桂だ」と返す姿を見て、そう判断したは気にしないことにした。きっと何かあってもどうとでもできる自信があるのだろう。
 
「あの。桂さん。先日はその……すみませんでした。私、なんか言い過ぎたみたいで……」
「いや、あれは俺の方こそ悪かった。言われてみれば確かに、俺にも非があったようだからな」
 
桂の言葉にはほっと安堵の表情を見せる。
エリザベスの騒動以来、気にしていたのだ。あの時は自分の私情も挟んで、八つ当たり気味に桂に対処していた自覚がにもある。だから謝らなければ、と思っていたものの、桂がどこにいるかわからないし、自身の周辺もあれ以来バタバタしていたため、機会が無かったのだ。
偶然にも今日出会えたおかげで、胸の支えが一つ取れたわけだが。
今朝のことで、代わりの新たな胸の支えができてしまったわけだ。
 
「どうかしたのか?」
「え?」
 
突然の言葉には驚いて顔を上げる。
もしかして顔に出てしまっていただろうかと、または気落ちする。銀時にも朝から心配をかけてしまったし、どうにも内に留めておくことができないらしい。
 
「あ、いえ。何でもないんです、本当」
「何でもない様子ではないだろう、それは。話くらいなら聞くぞ」
 
リーダーはあの様子だしな、と桂が指差した方に顔を向ければ、いつの間に土手を下りたのか、河原で賑やかな声をあげて走り回る神楽と定春、エリザベスの姿があった。
リーダーとは誰のことだろうとは思ったものの、特に関係のない話題だろうとは口にしなかった。
それにさほど面識のない桂にならば、逆に相談しやすいかもしれない。
相談される桂には申し訳ないと思うが、せめて誰かに話すだけでも少しはすっきりするだろう。
そう考えたは、思いきって話してみることにした。
かと言って、ありのままに全て話してしまうには躊躇われる話。
土手の草の上に腰を下ろすと、は言葉を選びながら口を開いた。
 
「今朝、なんですけど……なんて言うか、ちょっとした事故みたいなものがあって。ええと……私が考え無しだったのが悪かったんですけど、その……相手の方を困らせたのは確かですし、次にどんな顔をして会ったらいいのかわからなくて……」
 
話しながら、これではなんのことやらさっぱりだろうとは思う。けれども、さすがに寝惚けていた相手とは言えキスをされたなど、には恥ずかしくて口には出せない。
こんな相談のされ方では桂も困るだけだろう。ますます申し訳なくなるだったが、が思う以上に桂は真剣だったようだ。
 
―――それで、相手は怒っているのか?」
「え?」
 
しばし考え込んだ桂に聞かれ、は今朝の土方の態度を思い返す。
何が起こったのか一瞬わからなかったことと、わかったらわかったで恥ずかしさやら居た堪れなさで混乱して、土方の様子を窺うどころではなかったが。それでも。
 
「……怒っては、いなかったと思います。そう、逆に謝られて、余計に恥ずかしくなって申し訳なくて……」
「ならば、謝ればいいだろう」
 
即答され、は目を瞬かせる。まさか何かしらの答えを貰えるとは思ってもみなかったのだ。
きょとんとしているに、桂は更に言葉を重ねる。
 
「相手は怒っていないのだろう? ならば後は殿自身の問題だ。自己満足でもいい。面と向かって謝れば、自分の中でも折り合いはつけられぬか? それに」
「それに?」
 
聞き返すに、桂は苦笑を返す。
どうやらこの娘は、自分のことになるとまるでわからないらしい。
だがこういう事は得てして第三者の方が状況を見通せてわかりやすいものなのかもしれぬと桂は一人頷く。
 
「迷ったままでは相手に会うことを避けるだろう。謝ったのに避け続けられていると、相手は傷付くだろうよ」
 
理由も言わずにただ怒っていては、相手は不安に思うのだと。
泣きながら口に出されたのこの言葉がそのまま当てはまるわけではないが、似たようなものだろう。
状況も今一つ掴めないが、うつむいていたが顔を上げた時には笑みをそこに浮かべていたのだから、あながち的外れな回答をしたわけでもあるまい。
 
「ありがとうございます、桂さん!」
 
こぼれんばかりの笑顔が眩しく、桂は思わず目を細めた。
なるほど、銀時がはまりこむわけだ。そう納得してしまうほどの笑顔に、つい見惚れたのも束の間。
 
「なに鼻の下伸ばしてるアルか、ヅラァァァ!!!」
「ちょっ、待っ、リーダー!!?」
 
何かを察しでもしたのだろうか。戻ってきた神楽が桂に躍りかかり、おかげでは重ねて礼を言うことができなくなってしまった。
ついでながらどうやらリーダーとは神楽のことらしいとわかったが、今度はなぜそう呼ばれるのかの由来が気になってしまう。
だがそれは回答に急を求めるべき疑問ではない。
今度こそ胸の支えが取れたは、その顔に晴れやかな笑みを浮かべて神楽を止めに入ったのだった。



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どういうワケかヅラが出てきました。多分、何かの勢いとかノリとか、そんなようなもの。