HEAVEN 〜やられたら3倍返しは当たり前〜



「あの、土方さん……今朝は、その……本当にごめんなさい」
 
顔を合わせたかと思いきや、突然頭を下げたきり上げようとしないに土方は面食らう。
今朝の事は、確かににも不用意なところがあっただろう。
しかしだからと言ってがここまで頭を下げるようなことではないし、何より諸悪の根源が別にあることはわかっている。
とは言え、驚きが先に来たおかげで、を前にして土方はさほど動揺せずにすんだ。実のところ今の今まで、にどんな顔をして会ったらよいのかと悩んでいたのだ。
だがこの状況、悩んでいる場合などではない。そこまで悪くはないの頭を上げさせることが先決だ。
 
「別に俺は怒ってねェんだから、そこまで謝ってもらう筋合いはねーよ」
「でも……」
「あれは俺も悪かったんだよ。お互いに悪かったってことでいいだろ」
 
比率を考えると自分の方の非が大きいとは思うものの、こうでも言わなければは動かないだろうと考えたのだ。
ようやく土方に向けられた顔からは、まだ不安げな様子が窺える。
こんな表情をされては、たとえ何をされても許してしまいかねない。浮かんだ思考に漏れそうになった苦笑は、胸中のみに留める。
 
「俺も悪かったからな。ただ、一つだけ聞いてくれねェか?」
「なんですか?」
 
ここで「好きだ」と告げたら、はどんな反応を見せるだろうか。もちろんそんなことを口にするつもりはないし、ただの想像でしかないのだが。
今は取り留めのないことを考えるより先に、に言い聞かせなければならない。
まるで父親か兄のようだと思うものの、心境としてはそれに近いかもしれない。
もちろんにとってのそんな立ち位置に収まりたくはないし、収まるつもりもないのだが。
しかしまずはの信頼を得ることが第一歩であろう。
いつしか真っ直ぐに向けられていたの顔。澄んだその瞳に見つめられ、今朝の出来事のせいで避けられることにならなくて良かったと土方は心底から思う。
この瞳が自分だけを見ているこの瞬間、確かに至福を感じているのだから。
欲を言えば誰も彼もに対してその瞳を向けないでくれと訴えたいところだが、さすがにそれは行き過ぎた独占欲にしかならない。
とは言え、他人の独占欲を大目に見るほど土方の心は広いわけではなく。
 
「頼むから二度とあんな起こし方するんじゃねーよ―――万事屋の野郎に対してもだ」
「銀ちゃんにも、ですか?」
 
不思議そうに目を瞬かせるに、どうしてそれを知っているのか問われたら言葉に詰まるしかない土方だったが、幸いにもは特にその点については疑問に思わなかったらしい。
ただ困ったように「でもああしないと銀ちゃんがなかなか起きてくれなくて……」ともごもごと口にする。
正確には「ああしないと起きない」のではなく「ああしてほしくて起きない」だけだと土方は言ってやりたかったが、そんなことを言ってもますますを困らせるだけだろう。
それにしても、土方の言うことを素直に聞こうとするあたり、実に従順である。
こんな性格で今までよくこの江戸の町で無事に生活できたものだと呆れ半分感心半分に思うが、きっと衆人環境がすこぶる良かったに違いない。
それはそれとして、困っているに土方は助け舟を出してやることにした。半分はのため、半分は意趣返しのために。

「だったら代わりにこう言ってみろよ―――
 
 
 
 
 
 
「銀ちゃんなんか大キライ!!」
 
まさに青天の霹靂。
突然の言葉に、銀時は仰天して飛び起きた。
眠気などどこへやら。すっかり覚醒した脳で、どうか今のは夢であってくれと祈りながら視線を巡らせば、がにこにこと笑顔で布団の横に座っていた。
 
「おはよう、銀ちゃん」
 
その笑顔は確かに本物で、やはり今のは夢だったのかと思うと安堵する反面、あまりの夢見の悪さに朝から気分が悪くなる。
だがそれも、からのキスで帳消しになるはず―――だったのだが。
 
「ごめんね。変な甘え癖がつくと困るから、神楽ちゃん以外にはしない方がいいって言われたの」
 
邪気のない笑みを浮かべて言われたのは、更にとどめを刺すかのような台詞。
一体誰がに余計な事を吹き込んだのか。答えは二択。万事屋内限定ルールであるはずの「おはようのほっぺにちゅー」を知っているのは沖田と土方の二人しかいない。
どちらにせよ、ますます不愉快度が上がる相手には違いない。
巧い言い訳を考える間もなく、は朝食の支度に戻っていってしまった。おかげで銀時の苛立ちは頂点に達しようとしていた。
もちろんは何も悪くない。全て悪いのはに手を出しただけでは飽きたらずに余計な事を吹き込んでくれた人物である。
 
「……やってくれるじゃねーの、オイ」
 
だからと言ってを黙って譲るつもりはもちろん無い。
こうなれば早めに行動を起こすことも考えるべきだろう。悠長に構えていては本当にを横から奪われかねない。
他の誰にもを渡してなるものか。
密かな決意を胸に、銀時は布団から起き出した。



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そろそろ各自動いてくれそうな予感がしないでもないような気がするような…(どっちだよ