HEAVEN 〜一般論は一般論でありそれ以上でもそれ以下でもない〜 こうなれば長期戦だ何だと言っていられる状況ではない。うかうかしている隙にを他の男に奪われかねない。 それが顔も知らない馬の骨であっても腹立たしいが、沖田や土方といった真選組の面々だった日には苛立たしさは倍増どころの話ではないだろう。 とにかく、もはや悠長に構えてなどいられない。を取り囲む他の面々がどういった行動を起こしているかは不明だが、こちらもまた何らかの行動を起こさねばなるまい。 そういった訳で。 銀時は朝も早くから依頼を受けて屋根の上に上っていた。 雨漏りの修繕とその他悪くなっている部分の修繕。そんな事は万事屋ではなく大工に頼めと言いたいところなのだが、依頼は依頼。つまり仕事。仕事のできる男に女は弱いと。そんなことを言っていたのはテレビだったか雑誌だったか、はたまた一般論か。 何にせよ、に良く思われたいがために、銀時は朝からこうして依頼の大工仕事に励んでいるのだ。「頑張ってね」と笑顔で送り出してくれたのために。 「でも実際にさんが見てるわけでもないし、意味あるのかなぁ」 「身の程知らずにが好きなら、直接ぶち当たって砕けてくればいいネ」 「そこォ。口動かさねーと手ェ動かせー」 神楽の冷たい言葉の内容は聞き流したフリをしながら銀時は二人に指図する。 言われている事はわかる。確かに直接当たった方が早いには早い。 だが当たって砕け散ってしまったら、その後一体どうしろと言うつもりなのか。 他の男にが奪われるのを黙って見ていろとでも言うのか。 焦る気持ちはあるものの、「急がば回れ」という便利な諺もこの世には存在している。確実にをモノにしたければ、まずは足固めをしっかりとすべきだ。要するにに好かれるべき要素を増やすということだ。 まずはこれで一つ。次は何をすればに好かれるだろうか。 そんな事を考えながら金槌を振り下ろしてした銀時は、「あ、ネ!!」と突如上がった神楽の声に、思わず自分の指へと金槌を力の限りに振り下ろしてしまった。 「いでェェェっ!!」 「何やってるんですか、銀さん……」 呆れる新八の言葉には反論できないが、そもそもの原因は神楽がいきなりの名を呼んだりするからだ。 こんなところにがいるものかと打ち付けた指を摩りながら神楽に文句を言いかけた銀時の口は、しかしそのままぽかんと開いたままとなった。 「大丈夫、銀ちゃん?」 いる。目の前に確かにいるのだ、が。 幻覚かとも思ったが、銀時を心配するその表情や金槌で打ち付けた指を摩ってくれるその感触が幻覚などである筈がない。 突然が、しかも屋根の上に現れた理由はわからないが、一つわかるのは、指の痛みがあっさりと消え失せたその事実である。それどころか、に摩られた左手は暫く洗えないなどと、現実的には不可能な事までがちらりと銀時の頭を過ぎった。 「どうしたんですか、さん。何かあったんですか?」 そんな銀時はさておいて。三人の疑問を代表するかのように新八が口にすると、は横に置いていた包みを手にとった。 「あのね。みんなの分のお弁当、作ってきたんだけど……」 やっぱり事務所を留守にしたらダメだったかな、とが謝るよりも先に、弁当の言葉に喜んだ神楽がに飛びついついた。 無論、銀時や新八にしたところで異論があるはずもない。むしろ大歓迎だ。 屋根の上に器用に弁当箱を並べていくの姿を見ながら、真面目に依頼を受けて良かったと銀時はしみじみ思う。おかげでの手作り弁当にありつけるのだ。これなら毎日でもこの仕事をやってもいい、むしろ大工になりたい。 極論に走る銀時を尻目にの隣を神楽が独占していたりしたが、今はそれも気にならない。それほどまでに銀時は手作り弁当というものに感動していた。 「。私、これからも毎日お弁当食べたいアル」 「本当? 美味しかった?」 「美味しかったアル! だから毎日食べたいネ!」 「そっか。じゃあ外でお仕事の時には作るからね? あ、あとお出掛けの時も、かな?」 「大好きヨ、〜〜!!」 既にして自分の分の弁当箱を空にした神楽が、再びに抱きつく。そんな神楽の頭をが笑いながら撫でているその光景は、実にほのぼのとしたもの。 普段であれば羨ましいか苛つくかのどちらかでしかないその光景も、今日ばかりは銀時は拍手喝采したくなる。 つまり今後は、仕事に出ればもれなくの手作り弁当がついてくると。これを喜ばずして何を喜べと言うのか。 一人頷きながらも口と手は動かし、銀時もまた弁当を完食する。神楽の言葉通り美味しく、これのためなら明日から毎日仕事に精を出そうと本気で思えてくる。 そんな銀時の気持ちにはまるで気付いていないのだろう。はにこにこといつもと変わらない笑みを浮かべながら、食べ終わった全員分の弁当箱を片付けている。 「じゃあ私、お留守番に戻るね。お仕事頑張ってね」 そう言って立ち上がったの身体が一瞬ふらっと揺れた。慌てて心配する新八には大丈夫と答えたものの、ここは屋根の上。傾斜もある。 一歩踏み出したの足が再びバランスを崩し、その身体が今度こそぐらりと傾いた。 「きゃっ……!?」 「っ!!」 座ったままであったのにとっさに反応できたのは、たまたま目の前にいたからだろうか。鍛えられた反射神経の為せる技か、それとも第六感的な何かでもあっただろうか。 前のめりに倒れるの腕を腰を浮かせてすんでで掴み、危ないところで銀時はの身体を引き寄せた。 一瞬、静まり返る一同。空を飛ぶ鳥の鳴き声や、風が木々をざわめかせる音までが聞こえる程の静寂に包まれる中、銀時が安堵の溜め息をついた。 「あっぶねー……」 勢い余って屋根に腰を打ち付けはしたものの、そんなことは今は些細な問題に過ぎない。それよりも肝心なのはの無事で、確かに腕の中に収まっている事にほっとする。 「あ、ありがとう、銀ちゃん……」 礼を述べる声だけでなく、その身体もガタガタと震えている。 余程怖かったのか。血の気が失せた顔は今にも泣き出しそうで、「もう大丈夫だからな?」となだめるように言ってもは固まったように動かない。 それはそうだろう。もしあのまま屋根から落ちていたら良くて大怪我、打ちどころが悪ければ死んでいたかもしれないのだ。 未だ動けずにいるを腕の中に収めたまま一人頷いた銀時は、ここではたと気付く。 当たり前のようにこの状況に落ち着いているが、冷静になってみれば、を抱き締めているという状況である。不可抗力とは言え。棚からボタモチとは言え。 大工仕事万歳。 瞬間、銀時が胸中で拍手喝采したのは言うまでもない。 だが至福の一時は、あくまで一時でしかなかった。 「! 大丈夫アルか!?」 「ぅおっ!? ぉぉおおおっ!!!」 神楽の声と共に、避ける間もなく銀時は突き飛ばされる。 普段であればとっさに受け身をとるところだが、ここは屋根の上。足場は極悪なまでに最悪。 となれば結果は一つ。 叫び声をあげながら屋根から落ちていく銀時を気に留める者は誰もいない。ですらそこまで気が回っていないだろう。 「、本当に大丈夫アルか!? 顔赤いアルヨ……そんなに怖かったアルか。でも心配無いネ! 悪は滅したアル!!」 「誰が悪だ、誰が……」 あえなく地面と激突した銀時にできることは、屋根の上から聞こえてくる神楽の理不尽な言葉に対してぼやくことだけであった。 25← →27 久々の更新となってしまいましたが…… オチが見えた気になってましたが、久々すぎてもう見えなくなってしまいました。どうしよう。 ![]() |