HEAVEN 〜視線の先にあるもの〜



の朝は早い。
何せ万事屋に行く前に真選組隊士たちのために朝食を用意し、その上屯所の掃除をあらかた終わらせてしまうのだから。
そして、そんなの姿を少しでも見ようと、早起きを心掛ける隊士も一人二人の話ではない。
山崎退もその一人。
とはいえ、今更に取り入ろうとは露とも考えてはいない。何せを取り巻く男たちが尋常ではない。万事屋の銀時を筆頭に、隊内では土方に沖田、その他大勢の隊士たち。町に出れば更に増えるだろう。
そんな中からただ一人選ばれたいなどとは、思うことすら勇気が必要だ。
山崎にできることは、早起きをしての姿を追うこと、あわよくば手伝いなどして会話をすることくらいだ。
あまりにもささやかではあるが、下手に張り合っても痛い目を見るだけだということはわかりきっている。
だから今日も山崎は朝からの姿を目で追っていたのだが。
その様子が、どうもいつもと違うのだ。
いつも通りてきぱきと掃除をしているかと思えば、不意にその手が止まったり。
かと言って何があるわけでもなく、ぼんやりとしているだけ。
箒を手に庭で物思い、と言えば絵になるのであろうが、その絵に見惚れるよりも先に山崎は心配になる。
が誰にも言えない悩みを抱えてしまっているのではないかと。
思い過ごしならば、それが一番だ。しかしもし本当に悩み事があるならば早く解消してやりたいのだが、生憎と自分にそんな事ができるとは思えない。
できる事など、限られている。
ちらりと時間を確認すると、山崎は立ち上がった。
 
 
  
 
 
 
さん!」
「あ、山崎さん。おはようございます」
 
声をかけられ振り向いたの表情は、いつもと変わらない笑顔だ。
やはり思い過ごしかと一瞬思ったものの、それならば何も問題は無いのだ。
柔らかい笑みを浮かべて山崎の次の言葉を待つに、山崎はミントンのラケットを差し出した。
 
「まだ時間ありますよね? 良かったら練習付き合ってもらえませんか?」
 
 
 
 
 
 
ポーン、と打ち返されたミントンの羽が宙を舞う。それをまた山崎が打ち返す。が打ちやすいであろう場所を狙って。
案の定軽やかな音と共に打ち返された羽は、今度は少し後ろに飛んでいきかけたものの、その程度は山崎にとっては守備範囲。難無く打ち返す。しっかりと、が打ちやすい場所を狙って。
始めは遠慮がちだったも、ラリーが続くのが嬉しいのか、今では夢中になってラケットを振っている。
その楽しそうな姿を見ると、やはり誘ってみて良かったと山崎は思う。悩みの相談に乗るどころか、この程度の気晴らししか提供出来ないのが歯痒くはあるものの、少しでもが悩みを忘れられればと、そんなことを思う。
ただ一つ、問題があるとすれば。
 
「おぉっ!!」
 
が動くたびにどよめくギャラリーたちだ。
いつの間に集まってきたのだろうか。自身はミントンに夢中で、さして気にしてはいないのだろう。
だが山崎にとっては気になってたまらない。
別段、気が散るからという訳ではない。ただ、折角のとの時間に水を差されたような気分になるのと。もう一つ、隊士たちがどよめく理由に気付いてしまったためだ。
きっと普段は運動することなど滅多にないのだろう。だから頓着しないのか、そこまで気が回っていないのか。
夢中で動き回るがラケットを振るたびに、ひらりと着物の裾が舞い、ちらりと足が―――見えそうで、見えない。
その見えそうで見えないところが、またそそられるのだ。
気持ちはわかるけどね、と山崎は胸中に思う。
是が非でも見たいとは言わない。だが見たくないわけでは決してない。
複雑な心境で、ついつい視線がの足元へと向かってしまったためだろうか。
 
「あっ!」
「きゃっ!!」
 
気が散った山崎が打った羽は大きな弧を描いて飛んでいく。
慌てたがもう遅い。
それを追い掛けたは足をもつれさせ―――結果、悲鳴をあげて尻餅をついてしまった。
 
「す、すみません、さん! 大丈夫ですか!?」
 
慌てて駆け寄ろうとした山崎の足は、しかし途中で止まってしまった。
見えているのだ。
尻餅をついたせいで乱れた着物の裾を割るようにして、白くほっそりとした足が。
途端、どよめきが最高潮になるギャラリー。
何より痛みが気になるのか、晒された足はそのままに腰の下を摩るに、ギャラリーの一部が駆け寄ろうとした瞬間だった。
爆音とともに、ギャラリーたちが吹き飛ばされる。
突然の出来事に、も痛みを忘れたかのように目をぱちくりとさせているが、山崎にとっては最悪の事態。
屯所内でバズーカを撃つ人間など限られている。そして最も可能性が高い人間はと言えば。
 
「大丈夫ですかィ、さん」
「山崎ィィィ!!!」
「ぎゃあああ!!!」
 
やはり最悪だった。
沖田がを助け起こすのを横目に、山崎は土方から殴られる羽目になる。
何故こんな目に、と嘆く側から、しかし救いの手は意外にも早く差し伸べられてきた。
 
「あ、あの! 土方さん! 違うんです、あの、山崎さんは悪くないんです! 私が、その……すみませんでした」
 
の弁明に、流石に土方も手を止める。に謝られてしまっては、理由はわからずとも、それ以上山崎を殴るわけにはいかなくなってしまう。
続けては山崎に対して「ありがとうございます」と頭を下げる。単に山崎をかばってくれただけなのか、それともミントンに誘った意図を読まれていたのか。それは判別できない。
だが、と山崎は思う。少なくとも今のが浮かべている笑みは晴れやかなものだ。どうであれ、誘ってみて良かったと山崎は安堵した。
 
「それよりさん。もうそろそろ出かける時間じゃねェですかィ?」
「え、もう!?」
 
沖田に急かされ、はもう一度山崎に礼を述べて駆け出していく。
その後ろ姿を黙って見送って。
 
「……今回は不問にしてやるよ。ミントンの件はな」
 
舌打ちする土方の言葉に胸を撫で下ろしたのも束の間、その言い回しに山崎はふと引っ掛かるものを感じた。
ミントンの件は、と土方は言った。ならば……
 
「ならあとは、今見たものを記憶から抹消するだけでさァ」
 
背後から底冷えのする声が聞こえ、血の気が引く。
今見たもの。それが何かと問われれば。
 
「ちょっ、待ってくださいよ! 俺は別にさんの生足なんて―――
「やれ、総悟」
 
冷酷な判決が無情にも下される。
鬼だ。鬼がここにいる―――などと思う暇が山崎にあったかどうかは不明だが。
次の瞬間、絶叫と爆音が屯所内を揺るがしたのだった。



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チラリズムが書きたかっただけの話(笑)