HEAVEN 〜ああ勘違い、勘違い〜



最近の万事屋における食事当番は、専らである。
誰が言い出した訳でも、が志願した訳でもない。ただ万事屋三人がの手料理を誉めちぎっていたら、いつの間にかそういう形に落ち着いていたのだ。
それは仕事中であっても例外ではなく。
は三人のために弁当まで作り、三人が朝出掛ける際に渡せなかった時にはわざわざ依頼先まで届けてくれるのだ。
そして今日も。
朝、屯所を出るのが遅れたは、当然ながら弁当作りも間に合わず。こうして今、銀時たちがいる依頼先へと出向いているのだ。いつもより少しだけ奮発して作った弁当を手に。
今日の依頼先は、どこだかのお屋敷の倉庫整理らしい。出かける間際に「お宝が眠ってたらどうするアルか!? 鑑定団に出られるアルか!!?」などという話題で盛り上がっていたのを耳にしている。
地図を片手に歩くことしばし。
到着したのは大層な外観の屋敷で、なるほど、この家の倉庫ならば、某鑑定番組に出すに恥じない物が眠っていてもおかしくはない。眠っていたところで、万事屋に何のお鉢が回ってくるとも思えないが。
塀の外からひとしきり感嘆した後、一度深呼吸をしてからはぴたりと閉じられた門の横に備えられた呼び鈴を押した。
別に何をするわけでもない、ただ届けものをしに来ただけだというのに、これほどの屋敷の前では無条件に畏縮してしまうのは何故だろう。
不思議に思いながら待てば、程なくして門戸―――ではなく、そのすぐ横の通用口が開けられ、中から小柄な老婆が姿を見せた。
 
「どちらさま?」
「あ、あの! 今日こちらにお邪魔させていただいてます、万事屋の…その……お、お弁当を届けに来たんですけど……」
 
話しながら、敬語はこれで良かったろうか、何か失礼な口調になっていないだろうかと、は気が気でない。
こんな屋敷だ、気に障るような事をしでかせば、どんな叱責が飛んでくることか。
だがそんなの何やら偏見めいた心中には気付かないようで。老婆は「ああ、あの方たちの」と顔を綻ばせた。
 
「お昼をおすすめしたら、持ってきてもらえるからと断られてねぇ。でも、そう」
 
言いながら、老婆は納得したとばかりに何度も頷く。
 
「こんなに可愛らしい奥さんがいらっしゃるなら、それは手作りのお弁当の方がいいわよね」
「え……」
 
何を言われたのか理解できず、は一瞬動きを止める。
奥さんとは誰のことだろう。しかしこの場に他の人間がいないことを考えると、それは自分のことを差しているに違いない。
ならば誰の妻だと思われているのか。その答えも明瞭。話の流れからして万事屋の面子の誰かに他ならず、更にその三人の中で言えば、たった一人しかいない。
思い至った途端、は頬が熱くなるのを感じた。
他人から見れば、そんな風にも見えるのだろうか。
それが嫌かと問われれば、答えに窮するしかない。恥ずかしさから居た堪れなくはあるものの、不快とは異なる気もする。
だがとにかく今は、この場から離れたい。真っ赤になって言葉を詰まらせているの姿を不審に思われてしまっては困る。もしかしたら既に訝しまれているかもしれないけれど。
もしそうなっても、何ら後ろ暗いところは何もないはずなのだが、今のはとにかく不審に思われることなく立ち去りたい一心である。
結局、違うと反論を唱える余裕もなく、口の中でもごもごと「これお願いします」と言いながら弁当を押し付け、そのまま走るようにその場を立ち去ってしまった。
冷静に考えてみればそれこそ不審極まりない行動のはずなのだが、そこまで頭が回らない。
屋敷から大分離れた場所まで来て、漸くは安堵の息を吐いた。
頬が熱いのは走ったせいか、それとも別の理由か。どちらにせよ原因は一緒か。
万事屋への帰り道を歩きながら、思うのは先程の老婆が口にした言葉。
何の気無しに口にした事であろうし、普通ならば笑って否定するなりかわすなりできただろうに。
それができなかった理由。それは―――
 
―――…どうしよう」
 
思い至った理由は至極単純。だがそれだけに誤魔化しは効かない。
知らず足を止めたは道中で呆然と立ち尽くしたまま、呟いたのだった。



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短くてすみません〜。
続きは近いうちに更新……できたらいいなぁ、と希望だけはあるんですが。