HEAVEN 〜勢いだけで行動しても意味は無い〜



この日、仕事を終えた銀時の機嫌は頗る良かった。
帰る道すがら、意味もなく神楽に酢昆布を買ってやり、「銀ちゃんが気持ち悪いアル」と神楽に引かれたりもしたのだが、そんな事がまるで気にならない程に上機嫌だった。
理由は簡単。今日の依頼主宅の女中頭の勘違いによる一言である。
が届けにきたのであろう弁当を差し出しながら、「可愛らしい奥さまですわね」と。そのたった一言で、銀時は昼から終始機嫌が良く、今にも鼻唄なぞ歌いかねない状態である。
それが勘違いである事をわかりきった上で。それでも他人からそう見られるという事実に喜んでいるだけに過ぎない。
もちろん新八にしろ神楽にしろその場に一緒にいた以上、銀時の上機嫌の理由は察している。
 
「単純だね、銀さん……」
「あれだけで喜べるなんて、いっそ哀れアル」
 
二人から何やら可哀想なものを見る目を向けられようとも、どこ吹く風。
その上機嫌は当然ながら万事屋に帰り着いてからも続く。どころかむしろ、ますます機嫌が良くなる一方だ。何せが夕飯を作って帰りを待っていてくれるのだから。
日はとっくに暮れたというのに、にこにこと笑って出迎えてくれる。それだけでも十分に嬉しいものがあるが、今日はそれに加えてあの一言がある。出迎えてくれたの姿に「ああ、やっぱコレ俺の奥さまじゃね?」と一人ニヤつく銀時に、新八と神楽の視線は哀れみから呆れへと変貌していた。
だが当然ながら銀時はそれを無視。
夜も更けたからと、屯所へと戻るを送っていくため、再び外へと出ることにした。
 
「銀ちゃん、今日は何か嬉しそうだね」
 
何かいいことあったの?
道中尋ねてきたに、一体なんと言って返すべきか。銀時は言葉に詰まる。
いいことならば確かにあった。だがそれがにとっても有効かどうかは、判断がつかない。
第一、誤解された程度であからさまに喜んでいたと知られれば、一体どう思われることか。馬鹿げているという自覚が無いわけでもない銀時は、言葉を濁すしかない。
だが。もし誤解されたことをに話したならば、はどう反応するだろうか。
笑い飛ばすだろうか。戸惑うだろうか。
何にせよ、その反応如何で、にどう思われているのか判断できるかもしれない。
さりげなく、何気なく。そう装うことに成功はしただろうか。「それよりよォ」と話を変えるフリをしながら、銀時は本題へと入った。
 
「今日、のこと俺の奥さんだと勘違いされたんだわ」
「え?」
「そう見えんのかな、俺ら」
 
さりげなく、何気なく。
意識しながらも銀時は、がどんな反応を見せるか気が気でない。一笑に付されるだろうか。それとも迷惑がられたりしないだろうか。
不安を抱きながらの反応を待ったのはたかが数秒にも満たなかったはずだが、銀時にはやけに長く感じられた。
 
「……ご、ごめんね。私がちゃんと違うって言ってたら、銀ちゃんに迷惑かけなかったよね」
「迷惑じゃねーから! って言うかあのババア、にもそう言ったのか?」
 
迷惑などではない。むしろ舞い上がるほどに嬉しかった。現在進行形で嬉しいほどだ。
俯き頷くに、慌てて否定し、勢いで「むしろ嬉しかったよ俺は!」とつい本音を漏らしてしまった。
驚いたようにが顔を上げた時にはもう遅い。
だが口走ってしまったのは確かに本音で。
不思議そうに銀時を見つめるに、いっそ何もかもぶちまけてしまうなら今しか無いと、銀時は覚悟を決めた。
 
は? の方こそ迷惑だったんじゃねーの? 俺なんかの奥さんに間違われて」
「そんなことないよ! わ、私、私……」
 
語尾は小さくなっていったものの、が否定してくれたことに安堵する。これで肯定されていたら、落ち込むどころの話ではない。
この反応は吉と出るのか凶と出るのか。だが言わない事には何も始まらない。
 
「俺はマジで嬉しかったから」
「銀、ちゃん?」
「だって俺、のことが好」
「そこにいるのはさんじゃねェですかィ。あ、旦那も?」
 
せっかく覚悟を決めたと言うのに、口にした肝心な言葉に被せるようにして、第三者の声がかかる。
おかげでの意識が銀時から横へと逸れてしまった。
時期尚早との天の采配か、或いは第三者の悪意そのものか。
これは間違いなく後者だろうと、姿を現した第三者に銀時は確信する。
 
「総ちゃん! お仕事の途中?」
「見廻りの帰りでさァ。さんこそ、今帰りで?」
「うん。遅くなっちゃったから、銀ちゃんが送ってくれるって」
 
勢いでそこに告白もプラスしかけたが。
腹いせに邪魔をしてくれた沖田を睨み付けると、視線でも感じたのか沖田がちらりと銀時を見やり、ニヤリと笑った。ますます腹立たしいことこの上ない。
 
「じゃあ旦那、どうせ帰る先は一緒なんで、後は俺がさんを送っていきまさァ」
「ありがとう、銀ちゃん。また明日ね」
「あ、あァ」
 
の笑顔につられて手を振りながら、銀時は間の抜けた声でを見送るしかなかった。
邪魔をされた以上、告白を続ける訳にもいかない。他人の前で告白されても、が困るだけであろう。
返す返すも、邪魔をしてくれた沖田が憎らしい。
が、とりあえず脈が全く無い訳ではないようだ。今日のところはそれで我慢しようか。
物足りなくとも収穫は収穫。
無理に自分を納得させると、銀時は万事屋への道を戻り始めた。



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進んでるんだか進んでないんだか……