HEAVEN 〜ノリと勢いを大切に〜



間一髪だったと思う。
見廻りの最中、銀時と連れ立って歩くを見つけたのはほんの偶然。今となってはその偶然にいくら感謝してもし足りない程だ。
いくら夜更けで人通りは少ないとはいえ、まさか道のど真ん中で告白に踏み切るとは。
度胸があるのか単なるバカか。或いはその両方か。
何れにせよ、告白を阻止できたことに沖田は安堵する。目の前で告白されて。万が一にでもがそれを受け入れようものなら、立ち直れなくなる自信がある。と二人並んで歩きながら、ちらりとに視線を投げれば、その様子はどこかぼんやりとしている。いくら街灯が灯っているとは言え、夜道でこれでは危ないことこの上ない。「さん」と声をかければ、はっとしたようにが顔を上げた。
 
「なぁに、総ちゃん」
「さっき旦那と何を話してたんですかィ?」
 
がぼんやりしているのは先程の銀時とのやり取りのせいではないか。と言うよりも、一体何を話していて告白寸前まで話が進んだのか。
あくまで自然を装いながら尋ねる沖田の様子には、は別段不審に思わなかったらしい。逆に目に見えて狼狽えた素振りを見せたの方が不審極まりない。「さん?」と再度名を呼べば、困ったような表情を浮かべていたものの、ややあってぽつりと話し出した。無理に浮かべたような笑みで。
 
「あのね…今日、お仕事先でね。私、銀ちゃんの奥さんって勘違いされちゃって」
 
でも迷惑だよねって話してたの、と早口で捲し立てるたの意図はどこにあるのだろうか。
迷惑だと言うのは誰にとってか。少なくとも銀時は迷惑などとは思っていないに違いない。ならば自身にとってだろうか。
の性格でそんなことを口にするとは思えない。だからそれは、何かを誤魔化すための言葉なのだろうと容易に思い至る。
と言うのに。
別の考えが浮かぶのを沖田は止めることができない。
もしが迷惑だと口にしたのが本音だとしたら。
もし銀時に対する思い入れがそこまで無いのだとしたら。
或いはは、自分の思いを受け入れてくれるのではないだろうか。
そんな考えが沖田の脳裏を過る。
余りにも御都合主義の思考だと自身でもわかっている。そして世の中がそれほど都合良くはできていないことも承知している。
それでも。
 
「俺だったら、迷惑じゃねェですかィ?」
「総ちゃん?」
―――好きなんでさァ、さんのことが。俺は」
 
いつの間にか止まっていた足。ぽかんと口を開けて沖田の顔を見るの表情は、こんな時でなければ思わず笑ってしまっていたかもしれない。
心臓がどうにかなっているのではないかと錯覚するほど、煩く鼓動を打っている。しかし一旦口に出した言葉を戻すことなどできるはずもない。
後に退くことはできない。だがすぐに先に進める自信も持ち合わせてはいない。
突然のことに驚いたのだろう。未だ固まったまま動けずにいるに「別に」と沖田は言葉を続ける。
 
「別に返事は今でなくても構わねェですぜィ。ただ俺の気持ちを知っててもらいたかっただけでさァ」
 
それは確かに半分は真実だ。だが知ってもらって、それだけで満足できるほど沖田は出来た人間ではない。
できることならば今すぐにでも色好い返事を貰いたい。それが偽らざる本音だ。
だがそれがを困らせるだけだということは百も承知。だから返事は直ぐには強要しない。それが沖田にできる精一杯の譲歩だ。
はと言えば、よほど思いもかけなかったらしく、未だに固まっている。周知の事実と化していたはずのこの思いは、どうやら当の本人にはまったくと言っていいほど伝わっていなかったらしい。
鈍感と言ってしまえばそれだけの話だが、それを補って余りあるだけの魅力がにはあるし、そんなを好きになったのだから今更文句も何もないだろう。
苦笑しながら未だに立ち尽くしているの手をとる。せめてこれくらいは許されるだろうか。
抵抗がないのをいいことに、沖田はの手を引いて屯所への残りの道を歩いたのだった。



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やっとここまで辿り着いた感が……
あとは勝手に話が転がっていってくれることを願うばかりです。
要するに行き当たりばったり、ということで。