HEAVEN 〜個人の平和は世界の平和〜



それにしても、短期間でよくもまぁ悩みの種をいくつも抱える娘だと、街中で偶然を見つけた桂は思わずにはいられない。
心ここに在らずといった様子のに声をかけたのは、そのままではどこぞで事故にでも遭いかねないと考えたからだ。
桂の姿を見止めた途端に安堵した表情を浮かべたのは、相談相手を見つけたからであろうか。
体のいい扱いをされているのかもしれないが、それでが元気になるのならば構わないだろう。そう思える程度には、桂はのことを気に入っていた。
連れ立ってやって来たのは、以前にも相談を受けた場所である川辺。あまり人通りの無いこの場所を選んだのは、他人に聞かれたくない内容なのか、指名手配中である桂の身を慮ってか、それともその両方か。
どちらでも関係の無いことかと、冷たくも心地好い川風を身に受けながら桂は隣を歩くへと視線を移した。
相変わらず俯き加減で歩いているは、どうやら言葉を探しあぐねているようで。
さてどうするか。思案は一瞬。の言葉を待っていたのでは、いつまでたっても話が先に進みそうにない。
 
「で? 今日は何を悩んでいるのだ? 話くらいは聞くぞ」
「……私って、桂さんには会うたび迷惑かけてますね」
 
すみません、と謝られたものの、特に迷惑だと思っていない桂にとってその謝罪の言葉は無意味なものだ。
謝るくらいならば、早く悩みを解決した方が余程周囲のためというものだ。
そんな桂の意図が通じたかどうかはわからないが。は口ごもりながらも小さな声で話し出した。
 
「あの…どこから話していいのかよくわからないんですけど」
「ならば、答えを知りたいことだけ言ってみたらどうだ」
「私って、その……銀ちゃんのこと好きなんだと思いますか?」
「…………」
 
何故それを俺に聞く。
今の桂の正直な感想はそんなようなものだった。口に出さなかっただけ偉いものだと自画自賛したくなるほどだ。
流石にそれだけでは意味が通じないともわかっていたのだろう。慌てて言葉を継ぎ足していく。
 
「い、いえ! あの、何て言うか……昨夜、友達だと思ってた子に、その…告白、されて……好きな人がいるのか聞かれて、あの、パッと思いついちゃったのが銀ちゃんで、それからずっと……銀ちゃんの顔、見ることもできなくて……」
 
尻すぼみになる声に、の悩みの全容がわかった訳ではない。
が、結局が悩んでいるのは、最初の頓狂な問いなのであろう。
要は他人からの指摘で気付いたのであろう恋心に戸惑っているというわけだ。
その点についてはわからないでもない。そういうこともあるだろう。わからないのはその相手だ。何故。何がどうなったら相手が銀時になるというのか。よりにもよって、といった感が拭えない。どういった経緯があれば、あんなダメ人間を好きになると言うのか。
しかし問いかけてきたと言うことは、自身、腑に落ちないからではないか。
ならば好都合。の悩みを桂は都合よく解釈することにした。
 
「なら聞くが。好きだと思うならば、具体的にどこが好きなんだ?」
「え、その……」
 
恥ずかしいのか顔を赤らめるは、それでも生真面目に答えようとする。
要は根本から否定してしまえば良いのだ。
銀時には悪いがしかし、を銀時と付き合わさせる訳にはいかないのだ。それではが哀れであるし、何より銀時には分不相応だろう。
桂がそんな事を考えているとは露知らず。
 
「あの……天人から助けてもらったこととか」
 
そんなもの、誰だとて助けるだろう。
 
「お仕事紹介してくれたりとか」
 
それは下心満載の行為で、まったくの善意ではないに決まっている。賭けてもいい。
 
「お仕事もいつも一生懸命で」
 
他人に聞いてみたらいい。100%「それは違う」との回答が得られることだろう。
 
「屋根から落ちそうになったのを助けてくれて」
 
だからそれは銀時でなくとも誰だとて助けるだろう。
 
「その時、ぎゅって抱き締められて、あ、銀ちゃんって男の人なんだな、って……」
 
…………
 
「あと、お仕事先の人に、銀ちゃんの奥さんに間違われた時とか……」
 
女とは意外に単純にできている生き物らしい。
に限定されるのかもしれないが、そんな偶然と下心の積み重ねで恋に落ちることができるとは。
だがまだ落ちる一歩手前。踏み止まらせることは可能だ。このままを銀時に渡すなど、言語道断。許されざる行為だ。
これも世の中の為、ひいては攘夷活動の一環だと、無茶な理屈を捏ねた桂は一人頷く。
 
「そうだな……例えばだ。こうして二人歩いているところへ、向こうから来た通行人Aに『仲のいいご夫婦ですね』と言われたとしよう」
「へ? 私と……桂さんが、ですか?」
「そうだ。そう言われたらどう思う?」
 
問いかけてはみたものの、が聞いていたかどうか。
桂と目が合った途端に顔を赤らめたは口の中で何やらもごもごと呟いている。その内容までは聞き取れないが、少なくとも迷惑とは思っていないだろう。いい傾向だと、桂は再び一人で頷く。
そして。
 
「あとはまぁ、俺も男なんだが」
 
極々当然のことを口にすれば、流石にも怪訝な顔を向けてくる。
だがそれは束の間。
 
「っ!? か、桂さんっ!?」
 
慌てふためくに構うことなく、桂はの身体を抱き締める。
動揺しているのであろうその表情までは伺い知れないが、耳まで赤く染まっていることだけはわかる。
どうやら嫌がられてはいないらしい。ならばますます好都合。
 
「要するにだな」
 
桂がに告げた言葉は何だったのか―――
 
 
 
 
 
 
「ただいま! 遅くなっちゃってごめんね」
「それはいいんだけどよ……」
 
万事屋に戻ってきたを出迎えた銀時の視線は、を通り越してその後ろ、桂へと向けられる。
どうしてお前がいるんだ。そんな疑問とも非難ともつかない思いを込めた視線を桂は何事も無いかのように受け流していたが、流石にが気付いて「あのね」と説明を始めた。
 
「迷惑かけちゃったから、ご飯ごちそうしようと思って」
 
言うや、パタパタとは台所へと入っていく。その様子は普段と何ら変わるところは無く、今朝のおかしな態度は気のせいだったのではと思えてくるほどだ。
 
「で、がどんな迷惑かけたんだよ」
「ただ悩みを聞いてやっただけだが」
 
何でもないことのように言って、部屋主の了承を得ることなく桂は部屋に上がり込む。が招待した以上、銀時の了承など不要なのかもしれないし、たとえ拒否したところで桂ならば無視して上がり込むに決まっている。
それよりものことだ。悩みがあったということは、今朝の様子がおかしかったのはやはり気のせいなどではなかったらしい。
ならば一体、どんな悩みを抱えていたのか。しかも何故よりにもよって桂などに相談しているのか。
それが通じたのかどうか。
 
「何でも、貴様の事が好きなのかもしれないと言うのでな。それは勘違いだと丁寧に説明をしてやったら、ひどく感謝されてしまってな」
「…………」
「グッジョブアル、ヅラ!!」
 
部屋に入った途端、話を聞いていたらしい神楽が手放しで桂を褒め称える。
だが勿論、銀時はそんな気分になれない。
一瞬、何を言っているのかわからなかったが。わかった瞬間、感じたのは憤り以外の何物でもなかった。
 
「テメっ! 何余計なことに吹き込んでんだよ!?」
「余計か?」
「そんなことないネ。ヅラにしては珍しく真っ当アル」
 
しかし桂も神楽も平然と受け流すばかり。新八は我関せずとばかりに明後日の方向を見ている。ことに関する限り、銀時の味方はこの場にはいないようだ。
昨夜からの続けざまの不運。大殺界だろうかとさえ思えてくる。
怒ればいいのか嘆けばいいのか。それすら今の銀時にはわからなかった。



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美味しいところを持っていくヅラが書きたかっただけとゆーか(笑)