HEAVEN 〜サディスティック王子の憂鬱と決断〜



晴れ渡った江戸の空。
その青い空の下を、沖田総悟は、実につまらなさそうに歩いていた。
つまらないので、市中見廻りも途中で放棄してしまっている。
副長である土方にバレたら怒り狂うのだろうが、今更その程度で沖田が動じるはずもない。
むしろ返り討ちにしてやるくらいの気は、持っている。
沖田が動じるとすれば、それは。
 
「……どこ行っちまったんですかねィ。さんは……」
 
見廻りのルート上にある、一軒の甘味処。
そこで偶然彼女を見かけたのは、もういつのことだったのか。
以来、見廻りをサボッては、に会うために甘味処に通いつめていたものだ。
それがどういうわけだか、は仕事をやめてしまったと店主は言う。
理由を問い質しても、言葉を濁すばかりでどうにもはっきりしない。
もちろん、行き先などわかるはずもない。
こうなる前にどうして連絡先を聞きだしておかなかったのかと、悔やみながら。
沖田はあても無く江戸の町を歩いていた。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
だが、下手な鉄砲も数撃てば当たるように、連日あても無く町中を歩いていれば、偶然も起こり得るらしい。
町中で突然、沖田の目に飛び込んできた後姿。
後姿など見慣れていたわけではない。
それでも、沖田にはわかってしまったのだ。人波に飲まれかける、その後姿だけで。
 
「っ! さんっ!!」
 
根拠も無いのに、確信だけはあった。
その後姿が、のものであるということが。
そして、振り向いて笑いかけ―――
 
「総ちゃん!」
、さん……」
 
笑いかけ、そしてそう呼ぶのだ。は。
沖田に気付いたは、人波に逆らうように沖田のもとへと駆け寄る。
スーパーの袋を手に提げているのを見ると、どうやら買い物の帰りだったらしい。
 
「総ちゃん、久しぶりだね」
「お久しぶりですねィ……と言ったところで、前に俺が店に行ってから、まだ十日も経っちゃいねェですが」
「あ、そうだった?」
 
最近、色々とあったからなぁ。と笑う
そうは言ったものの、しかし沖田とて、に久々に会えたのだ、という思いは拭えない。
一日千秋、とはこういうことを言うのだろう。
今までにも、仕事の都合で十日会えないことなど、いくらでもあったはずなのだ。
それでもその時は、仕事が終わればに会える、とわかっていた。
今回は、二度と会えないかもしれない、とまで思いかけたのだ。
同じ十日間でも、重みがまったく違う。
しかし沖田は、努めて平静を装う。
に再会できたからといって、一人だけ浮かれていたりしては馬鹿みたいではないか。
 
「それにしても、突然店をやめたと聞いて、驚きましたぜ。何かあったんですかィ?」
「え? あー、うん。その……お客さんと、ちょっと揉めちゃって」
「なるほど。セクハラされたんですねィ」
「え……?」
「相手は天人、だったんですかィ?」
「……総ちゃんって、超能力あるのっ!?」
 
が目を見張ったと言うことは、その通りらしい。
もちろん、沖田に超能力が使えるはずもない。単なる推理である。
人当たりのよいが、客と揉めることなど、まずありえない。あるとしたらそれは、余程不愉快なこと―――セクハラされたとか、そのようなことだろう。
しかし、ただ男にセクハラされただけならば、不愉快でもは店をやめたりしないだろう。
それを辞めたということは、そうしなければならないほどの相手―――天人からセクハラを受けたのではないか。
その天人と揉め、結果、店に迷惑がかかるのを悪く思い、辞めたのではないか。
この程度の推理だったのだが、見事に正鵠を射ていたらしい。
が、だからといって納得がいくわけではない。
自分がその場にいたならば、相手が天人であろうと何だろうと、斬り捨ててやったものを、と沖田は物騒なことを思う。
 
「でもね、常連のお客さんが助けてくれたの」
「へぇ。そいつァよかった」
 
ちっともよくない。
どうせならばを助ける役は自分でありたかったと、その場にいることのできなかったことを悔やむ沖田。
だが、過去を悔やんだところで、生産性はカケラもない。
そのことに、ハタと気付く。
ならば、今からでも生産性のあることをすべきではないか。
 
「それで、今は仕事はどうしてるんです?」
 
あわよくば、真選組屯所内に、何かの名目で雇ってしまえないか、というのが沖田の思惑。
しかしその思惑は、あっさりと潰されてしまうことになった。
 
「その常連さんがね、悪かったって、仕事も斡旋してくれたの。ほら、これ名刺」
 
世の中、そう簡単にはいかないようである。
少しばかり落ち込む沖田であったが、に差し出された名刺を受け取ると、それどころではないことに気付いた。
の名刺に印刷された文字。それは。
  
 
『万事屋銀ちゃん 秘書
 
        』
 
 
「……秘書?」
「うん」
「万事屋ってのは、あの、白髪天然パーマで死んだ魚のような目をして木刀持って―――
「あれ? 総ちゃん、銀ちゃんのこと知ってるんだ」
 
殺そう。
この時確かに、沖田の中で銀時に対する殺意が芽生えた。
を助けるまでは、許してもいい。が天人ごときにセクハラされるよりは、よほどマシだ。
百歩譲って、万事屋に雇い入れることまでも認めなくもない。
あれでなかなか情に篤いところもあるようだから、仕事をなくしたを放っておけなかったのも道理であろう。
だが。
そこで、どうして『秘書』にするのか。よりによって『秘書』。しかも名刺まで用意して、その肩書きを強調させている。
これには、銀時の意図を感じずにはいられない。
そうなれば、が『銀ちゃん』と親しげに呼ぶことも癇に障る。
自分だけでいいのだ。『総ちゃん』と笑顔でに呼ばれるのは。
子供じみた独占欲だとは、沖田自身もわかっている。それでも、この想いはどうにもならない。
 
「? 総ちゃん、どうしたの? 難しい顔して」
「……あ、いや。すみません。さんの前で」
「ううん。それはいいけど……総ちゃん、何か悩み事でもあるの?」
 
わたしでよければ聞くよ? とに顔を覗き込まれ。
沖田に、ある名案が浮かんだ。
 
「それじゃあ……お言葉に甘えても、いいですかィ?」
「うん。でも、ここじゃあ何だし……」
さん、携帯持ってますかねィ?
 また今度……万事屋のさんに、頼みたいことがあるんでさァ」
「? うん。いいけど……」
 
疑問には思ったであろうが、不審には思わず、は自分の携帯の番号とメールアドレスを控えたメモ用紙を沖田に手渡す。
そのメモを手に、沖田は胸中で会心の笑みを浮かべていた。
これで、いつでもと連絡がとれる。繋がっていられるのだ。
今回のように偶然に縋る必要も無い。
受け取ったメモを丁寧に折りたたんでポケットに入れると、「それじゃ、俺ァこれから仕事があるんで」と切り出す。
それに対しては「あ、ごめんね。引き止めちゃって」と謝ったが、そんなことはない。引き止めたのは沖田の方なのだ。
そんな彼女に、沖田はぽつりと漏らす。
 
さん……今日は逢えて、本当に嬉しかったですぜィ」
 
沖田の言葉にきょとんと目を瞬かせただったが、すぐにその顔に笑みを浮かべる。
 
「うん。わたしも、総ちゃんに逢えて嬉しかったよ!」
 
以外の世界がすべて霞んでしまうかのような、笑顔。
別れ際にそんな笑顔を見せられ、屯所へと戻る沖田の機嫌は急上昇。
先程までのつまらない空気など、一掃されてしまった。
 
「さァて……どうやってさんをモノにしやすかね……」
 
にやりと、沖田の顔に浮かんだのは、どこか黒い笑み。
さしあたっての彼の課題は、土方の抹殺でも銀時の滅殺でもなく、いかにしてを手に入れるか、である。



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『総ちゃん』という呼び方は、私の趣味です。すみません……
つーか、黒くないですね。サディスティック星王子なのに……これから黒くなってくれるのかしら。