HEAVEN 〜渡る屯所は敵だらけ〜



「……あの、さん……?」
「ん? どうかした?」
「……本当に、ここ、なんですか……?」
「うん。そうだよ?」
「……本当の、本当に……?」
「そうだよ。警察の人だって、困るときは困るってことだよね」
 
軽く言ってのけるとは対照的に、銀時、新八、神楽の三人は、実に奇妙な表情をしてみせた。
驚愕だの嫌悪感だの、そういったものを全面的に押し出したかのようなその表情に、さすがにも怪訝な顔をする。
 
「? どうかしたの?」
「どうもこうも下も上もないアルヨ」
「……なんで俺、真選組屯所の前になんかいるんだ……?」
 
銀時の呟いた疑問は、一陣の風によって軽く吹き消された―――
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
さん。来てくれたんですねィ」
「あ、総ちゃん!」
 
真選組屯所内から現れたのは、沖田総悟。
嬉しそうに手を上げるとはやはり対照的に、銀時、新八、神楽の三人は、実に嫌そうな顔をしてみせた。
とはいえ、新八に限っては、単に厄介事に巻き込まれそうな予感がしただけなのだが。
神楽は沖田の姿を見た途端、戦闘態勢に入り。
銀時に至っては、が「総ちゃん!」と呼んだ瞬間、こめかみに青筋を浮かべていた。
どうやら、が親しげに呼ぶ相手が自分だけではなかったことに、腹を立てているらしい。
その様子を確認して、沖田は胸中で笑う。
本来ならば、だけ呼び出したかったものを、敢えて「万事屋」として呼び出した意図は、ここにあると言ってもいい。
そしてその意図は、これでまだ終わったわけではないのだ。
沖田と銀時の間に、火花が散る。ついでに、神楽との間にも。
はそれに気付いていないようだが、気付いてしまった新八は、やはり厄介事に巻き込まれそうだと溜息をつきたくなった。
ならば、せめて早いうちに依頼を済ませて帰るに限る。
どうせ面倒事が起こるのは必至。とっとと終わらせて、とっとと帰って休むべきだ。
 
「それで、僕らは何のために呼ばれたんですか?」
「それじゃ、中に入りがてら話すとしましょうかィ」
 
言われて、沖田の後に続いて真選組屯所内に入る万事屋一行。
しかし、すぐに、四方八方から殺気が突き刺さるのを感じる。
普段からそのようなものとは縁の無いは、まったく気付いていないのか、のほほんと歩いているが。
その昔は白夜叉として数多の死線を潜り抜けてきた銀時、絶滅寸前の戦闘種族『夜兎』である神楽、仮にも侍として育てられた新八は、その殺気をひしひしと感じていた。
そして、それらが確実に自分たちに向けられているという事も。
 
「……あの。なんだか僕ら、歓迎されていないような雰囲気が……」
「あァ、それなら」
 
恐る恐る尋ねた新八に、沖田はあっけらかんと返す。
 
「近藤局長を負かした侍が来るって言ったら、全員殺気立っただけでさァ」
「なんでそういうことを言うんですかァァァ!!!?」
 
思わずツッコんだ新八だったが、そんなことをすれば余計に目立つ。
結局この場で新八ができることは、ただひたすら目立たないように、身を縮ませることだけ。
しかし、新八がそうであるというのに、神楽はともかくとして、近藤を卑怯な手で負かした張本人である銀時さえ、平然と歩いている。
大物なのか、何も考えていないだけか。
だが、その銀時の顔色を変えるような発言を、この後沖田がすることとなる。
 
「局長さんって、偉い人だよね? その人を負かしたの? え? もしかして、銀ちゃんが?」
 
可愛らしく小首を傾げながら尋ねるに、沖田は笑顔で答える。
ただしその笑みは、に対しては何の邪気も無いものだが、ちらりと銀時に向けた視線には、確かに「してやったり」という悪意が篭もっていた。
 
「そうなんでさァ。
 ウチの近藤さんと万事屋の旦那は、お妙って女性を巡って決闘をした仲なんでして」
「オイ。に何くだらねーこと吹き込んでんだ」
 
冷静に。冷静に。
銀時としては、至極冷静に否定しようとしているつもりなのであろうが、その表情が引きつっているのを見逃す沖田ではない。
まるで挑発するように、にやりと笑う沖田。
再び、二人の間で火花が散る。
と、その火花を潜り抜けて、神楽がの隣に踊り出る。
 
「そういえば、銀ちゃんは許嫁だって姐御も言ってたアルヨ」
「へー。銀ちゃんに許嫁いたんだ」
「イヤ、。それ過去の話だから。つーか嘘だから」
 
今度は神楽に裏切られ、さすがに焦ったのか、銀時は言い訳めいたものを口にする。
が、神楽にしたところで、のためなら銀時を蹴落とすことなど何とも思っていないのだ。
出会えば争うばかりであった神楽と沖田が、この時ばかりは一致した目的のために協力し合う。
 
「その人のために、変態を退治したこともあったと言ってやしたねィ」
「あんな事もそんな事もしちゃった仲ネ」
「春には結婚式だとか」
「銀ちゃん。のことは私に任せて、幸せになるアルヨ」
「おめでとう、銀ちゃん!」
「ちっともめでたくないから、それ。ちっとも」
 
強調して言ってみたところで、はそれこそちっとも聞いてはいない。
笑顔を浮かべて「よかったね。おめでとう」を繰り返し、その横では神楽と沖田が、何かをやりとげたかのような清々しい顔で、それでもにやにやと笑っている。
残る新八は、何か色々なものを諦め切ったかのような面持ちで、肩をすぼめている。
どうやら銀時の味方となりうるものは、存在しないようである。
そして、とうとう。
 
「てめーら俺の話を聞けェェェ!!!!」
 
キレた銀時に、はきょとんと、神楽は目を瞬かせ、新八はやはり何かを諦めて。
そして沖田は無言で片手を軽く挙げる。
すると。
 
「うぉぉおおおお!! 局長のカタキぃぃぃ!!!!」
「よくも局長をォォォ!!!!」
「一族根絶やしにしてやらァァァァァ!!!!」
「待ちやがれこの白髪ァァァァ!!!」
「おわァァァァァああああ!!!!??」
「ちょっ、なんで僕までェェェ!!!??」
 
それが合図だったのか、それまで殺気は隠さずとも身は隠していた真選組隊士たちが、勢いよく飛び出してきた。
押さえ込まれていた勢いが突如解放されれば、その勢いは尋常ならざるものになる。
隊士たちの異常な殺気と勢いに、さすがの銀時も思わず逃げ出し、巻き込まれた新八も全速力で駆けていく。
一瞬の喧騒の後、取り残されたのは、何が起こったのかいまいちよくわかっていないと。
 
さん。これで二人きり―――
。これで邪魔者はいなくなったアル―――
 
はっと、お互いの声に顔を見合わせる。
 
「……チャイナ娘は向こう側の人間だろィ」
「……私はの側ネ。お前こそ、あっち側に行けばいいアルヨ」
 
神楽vs沖田総悟。
出会ってから何度目になるか知れないゴングが今、鳴らされようとしていた―――いまいち現状を把握できていない、の前で。



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銀さんの性格がいまいち掴めてない気が……いや、気のせいだということにしてください。
えーと。次は。次は。
せっかく屯所なんですし。ねぇ……?(何)