HEAVEN 〜ウイルス侵食警報発令中〜 「―――さっきからうるせェな……」 自室に篭もって書類を見ていた土方は、キリがついたことを確認してから腰を上げた。 何しろ、先程から悲鳴だの怒号だの、やかましいことこの上ないのだ。 どうせいつもの騒動だろうとは思ったものの、それにしては長いこと続いている。 こうしている今も、まだ叫び声が聞こえてくるのだから。 いい加減に気になり、書類作りに専念していた土方も、こうしてキリをつけて立ち上がったわけだ。 しかし、部屋の障子を開けた瞬間。 目の前を、必死の形相をした集団が駆け抜けていった。 手に手に抜き身の真剣を持ち、中にはバズーカまで持ち出している隊士までいたように思う。 そして、その先頭を走っていたのは。 「……万事屋……?」 一瞬見えた銀髪と眼鏡は、確かに万事屋の連中の特徴に違いない。 が、まさか万事屋の人間が、よりによって真選組屯所内に入り込んでいるわけがない。 「……疲れてんだな、俺」 とりあえず土方は、今見たものを気のせいだと思うことにした。 確かに疲れてはいるのだ。 朝から書類に掛かりきりの脳が、もしかしたら幻覚を見せたのかもしれない。 だが、万事屋を幻覚にしたところで、騒ぎが起こっていることまではさすがに幻覚にしようがない。 本来であれば追いかけ、怒鳴るなり斬りつけるなりで大人しくさせるところだが、今はどうにもそんな気にはなれず。 ならば、どうすべきか。 「総悟でも探すか」 こういう騒動には、沖田がかならず絡んでいるといっても過言ではない。 それどころか、その大半は沖田が扇動しているようなものである。 問い詰めたところで、どうせまともな返答など返って来るとは思えないが。 しかし、事態を何も掴めないよりは、マシであろう。 新たな煙草を銜えて火をつけると、土方は頭をがしがしと掻きながら部屋から出た。 * * * ほどなくして、目的の人物は見つかった。 遠くからはまだ怒声が響いているが、しかしそれとはまた別の叫びもまた、目の前であがっている。 「うがァァあああ!!!」 「どぅァァァあああ!!!!」 土方が目にしたのは、互いに意味不明な叫び声を上げながら、常人離れしたスピードで攻撃しあう沖田と神楽。 そして、そんな二人をぽかんと眺めている少女。 この場に神楽がいるということは、先程一瞬だけ見えたような万事屋の二人も、本当にいたのかもしれない。 だが、なぜいるのか。 その原因を握っているであろう沖田は、しかし神楽との戦闘で、こちらに気付いているのかどうかさえ疑問だ。 ならば、と。 土方は、ぼんやりと突っ立っている少女に声をかけることにした。 「オイ。そこのアンタ」 「…………」 「オイ」 「…………」 「オイっつってんだろーがァァ!!!」 「は、はいぃぃ!!!」 三度目の正直。 キレかけた土方の叫びに、ようやく少女が我に返ったかのように返事をする。 しかし、振り向いたその顔に、土方は心当たりが無かった。 屯所内に賄いや何やらで出入りする女は何人かいるが、その全員の顔も名前も把握している。 仮にも特別警察、不審な人物を出入りさせるわけにはいかないのだ。 驚いて目を瞬かせている少女に無遠慮な視線を向けると、少女も落ち着かないのか「あのぉ、何か御用でしょうか?」と尋ねてくる。 「その前に、アンタの名前を教えてもらおうか」 「あ、それもそうですね」 納得したように手を打つと、少女は名刺を差し出してきた。 その名刺に目を通し、土方は顔をしかめる。 「……で、この万事屋のさんとやらが、何の用があって真選組の屯所に来るんだ?」 「え、ええと、ですね。それは、総ちゃんが…じゃない、沖田さん、が……」 どうやら万事屋一行を招いたのは、沖田の意志だったらしい。 やはりこの騒動の発端は沖田にあったのだと、土方は己の推測を確信に変える。 だからと言って、何がどうなって現状に至っているのかまでは、推測の範囲外ではあるが。 それよりも土方には、驚いていることがあった。 「ほー。仮にも真選組隊長の総悟を、まさか『ちゃん』付けで呼ぶ奴がいるとはなァ?」 「え、あ、そ、その、あの……やっぱり、馴れ馴れしい、ですよ、ね……」 すみません、と顔を俯ける少女―――の垣間見えた表情は、今にも泣きそうなもので。 これには、ただ驚いただけでとりたてて非難する気のなかった土方の方が、気まずくなった。 「別に責めちゃいねーよ」 「でも……」 「総悟の奴が、いいっつったんだろ? なら、それでいいんだろ」 そんな呼び方を認めているということは、沖田にとってこのという少女が、すでに一方ならぬ存在だということなのだろう。 ならば、万事屋を呼んだのは、このを呼ぶため。 そして男二人が隊士たちに追われていたのは、から引き離すためか。 神楽と戦っている意味がいまいち理解できないが、大方はそのようなものだろうと土方は推測した。 一段落した後には、個人の色恋沙汰に他の隊士を巻き込むんじゃねェとでも言わなければならないのだろうか。 だが。 「本当ですか? よかったぁ」 そう言って、安堵したようにが浮かべた嬉しそうな笑みから、土方は思わず目を逸らしてしまう。 己の一言で一喜一憂するこの少女の存在が、あまりにも深いところに入り込んできそうな気がしたのだ。 もしかしたら、沖田に対して何も言えない立場に、自分もなってしまうのではないか。 あまりにも馬鹿馬鹿しい考えに、天を仰ぐ。 「あの……気分が悪そうですけど、大丈夫ですか?」 「あ? あァ、大丈夫だ。だから、んな近づくんじゃねーよ」 が、今度は心配そうな顔で土方の顔を覗き込んでくる。 当人はただただ心配しているだけなのであろうが、だからと言って、会ったばかりの男に無防備に近寄るというのは、いかがなものか。 その身体を押し戻すべきか。それともいっそ抱きしめてしまえば、どんな反応が返ってくるのであろうか。 複雑な思いに土方が駆られた、その一瞬。 ドドドドドドッ 間一髪『ソレ』を避けられたのは、日頃の鍛錬の賜物か、はたまた偶然か。 どちらにせよ、土方が一瞬前まで居たその場所は、すでに蜂の巣と化していた。 振り向けば、争っていたはずの神楽と沖田が、いつの間にか並び立って土方を見据えている。神楽に至っては、傘を構え。 「。その男から離れるネ。変なビョーキうつされるヨ」 「その通りでさァ。『マヨネーズ・ヒジカタ』って、史上最低最悪のウイルスに犯されてしまいますぜィ」 今しがたまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、息の合ったところを見せる神楽と沖田。 だが、そこまで言われて黙っている土方ではない。 「っテメェェェらァァ!! 勝負だコラァァァァ!!!」 叫ぶや否や、腰に差していた真剣を抜き、土方が二人に斬りかかる。 結局、二人の争いが三つ巴になっただけで、現状は変わらない。 繰り広げられる争い、聞こえてくる悲鳴や怒号。 「……わたし、何のために呼ばれたんだろう……」 一人取り残された気分に陥る。 誰も答えるはずのない問いをぽつりと呟き、為すすべも無く目の前の騒動を見守っている。 とりあえず世の中は、基本的に平和なようである。 6← →8 最初に考えていた筋とまったく違う方向に進んでいるんですが…… ちなみに、沖田さんの台詞「犯されて〜」は、誤変換ではありません。あえてこっちにしてみました。何となくw 更に関係ないですが、どうも私は、沖田さんと神楽のコンビが好きみたいです。恋愛感情とかは抜きで。 ![]() |