真冬の夜の夢



私は就職先を間違えたんじゃないだろうか。
時々、そんな事を思うことがある。
今がまさにその時で、大晦日の夜、周囲は年明けを目前にして浮わついた雰囲気だと言うのに、私はハメを外すことも許されず、職務真っ只中。
国民の皆さーん。貴方たちが呑気に年越しを迎えられるのは、裏で働いている人間がいるからだってことを忘れないでくださいねー!
 
「というわけで、感謝の念を忘れない内に書き綴っておこうと思いますので早退しますね」
「そんなに感謝したけりゃ、手短に俺に感謝の念を伝えてみろよ」
「土方さんに感謝するのは、今すぐ早退させてくれた時か、副長の座を私にくれた時のどちらかですよ」
「なら感謝しなくていいから仕事しろ」
 
だからその仕事をしたくないのになぁ。
そんなことを口にしたところで無視されるのは目に見えてる。こっそり逃げ出そうとしても無駄。今夜だけで逃走を図って三回、全て阻止されてる。この人は後ろや横にも目が付いてるんじゃないだろうか。まるで妖怪だ。
 
「……妖怪まよねいず!!」
「誰が妖怪だコラァ!?」
 
自分の事を言われた自覚あるんだ、この人。実に構い甲斐がある。
仕事大事なら、私なんか放って一人で見廻りする方が余程捗るだろうに。私は面白いからいいけど。
夜更けとは言え、大晦日。しかも除夜の鐘をつくお寺とあって、いつになく賑やかな境内。どこを見ても楽しげに笑い合う家族連れ、友人、恋人達―――私だって仕事じゃなかったら今頃……
 
「……あんま変わんないか」
 
どのみち、屯所でぼけっとテレビを見てるか、暇潰しに土方さん弄ってるかだろうなぁ。
結局、仕事があろうともなかろうとも、私の大晦日は変わらないらしい。なんて寂しい私の人生。
 
「さっきからブツブツうるせーよ。んな暇があったら怪しい素振りをするヤツがいねェか見てろ」
「わざわざ大晦日にテロ起こす攘夷浪士なんかいませんよ。バカですよ、そんなの」
「バカだからテメェで国をひっくり返せるとか思ってんだろ」
「ああ、そっか」
 
思わず納得。
でも、そんなバカがいるから私たちも食いはぐれないで済む訳で、そうなると私たちの生活のためにはそんなバカが存在してくれないと困る訳で。
世の中って、矛盾してるなぁ。だからこそ面白いのかもしれないけれど。
でもこの矛盾の真っ只中において、現在進行形で面白くないんだけど、私。
どうせ同じことならば、やっぱり屯所でのんびりしたかった。
せっかく外に出てきたのだから、攘夷浪士とかじゃなくて、何か面白いものに当たればいいのに―――あ。
 
「万事屋さん発見!」
「誰がいつそんなヤツ見つけろと言った!?」
 
土方さんの声は無視。
人混みの中ちらりと見えた銀髪はやっぱり万事屋さん。私の声に周囲を見回して、こちらを見つけて歩み寄ってきた。
 
「何ですかァ? 大晦日にデートたァ、いいご身分だなコノヤロー」
「てめェと一緒にすんじゃねェ。こっちは仕事だ」
「そうなんですよ。人でなしの土方さんに無理矢理引っ張ってこられただけですよ、私は」
「そっかそっか。可哀想になぁ」
「えーん」
「あーあ、泣かしやがった。この人でなしが」
「てめェら打ち合わせでもしたのか!?」
 
よしよしと頭を撫でてくれる万事屋さんの手が優しくて、本当に労ってくれてるよう。基本的に万事屋さんって優しいと思うんだよね。優しいと言うか、人が好いと言うか。
まぁそれは土方さんも同じで、だから似てると思われるのかもしれない。本人たちは全力で否定しそうだけど。
 
「そういう万事屋さんは? 大晦日の夜に一人で歩いてて寂しくないですか?」
「うるせーよ。新八と神楽がお妙に連れられて先に来てるはずなんだよ。で、まぁ、保護者としてはな」
「一緒に来たら良かったじゃないですか」
「それはアレだよ。大人の事情ってのが」
「あんまんの匂いがする!」
「そう、あんまんが……ってそれ銀さんのあんまんだから!!」
 
つまり、あんまんとジャンプを購入するために別行動をとったということか、この自称保護者。保護対象の未成年者よりこっちのが大事だったのか。
万事屋さんが手に提げていたビニール袋の中身を確認して、私は冷たい視線を向ける。
確かにあんまんは美味しいけど。寒い夜には恋しくなるけど! 世知辛さを感じるこんな夜には特に!!
 
「オイィィィ!! 人のモン何勝手に食べてんのこの子はァァァ!?」
「カエサルの物はカエサルに、神の物は神に。って言うじゃないですか」
「知らねーよ」
「だからあんまんは私の胃袋に還る運命だったんです」
「わかるかァァァ!! お前はどこの宗教者!? 『だから』の使い方おかしいから!!」
 
やっぱり誤魔化されてくれないかぁ。
口の中に残る餡の甘みと温かさで、気分はちょっぴり浮上。逆に万事屋さんは急降下。そして土方さんは我関せずとばかりに一歩退いたところで煙草を吸っている。
確かに、勝手にあんまん食べちゃったのは悪いと思うからなぁ。万事屋さんだって楽しみにしてただろうし。
……うん。
 
「じゃあお代払うから」
「そんなんで誤魔化せると思ってんの?」
「体で」
 
沈黙。
周囲が賑やかな分、妙に気まずい沈黙だった。しまったな、調子乗りすぎたかな。
万事屋さんは硬直、土方さんも煙草を口から落としてポカンと間抜けな顔を晒してる。あ、記念に写真撮っておきたい。
だけど私が携帯を取り出すよりも先にこの微妙な沈黙を破ったのは、万事屋さんの長い長い溜息だった。
 
「……鏡見てからそういうセリフは言うもんだろ」
「幼児体型がバカなこと言ってんじゃねーよ」
 
…………
二人の言葉に、瞬間、殺意が湧いた私は、絶対に間違ってないと思う。
だから。
 
「ぐはっ!!」
「がぁっ!?」
「天パとマヨラーに言われたくねーよバカヤロー!!」
 
蹴りと肘鉄だけで勘弁してやった私は、なんて心が広いんだろう。
自分で自分に感心しながら、蹲る二人を尻目に私はその場を足早に離れた。
いくら心が広いと言っても、失礼な男二人といつまでも一緒にいたいと思える程には広くない。
人混みに紛れてアテもなく足を進めていると、いつの間にか除夜の鐘が鳴っていたことに気付く。
ああ、今年ももうすぐ終わるのか。
そう思うと、何があるわけでもないのに感慨深く思えてくる。除夜の鐘には、何故だかしんみりする効果もあるのかもしれない。
一人で迎える年越し。なんて、実は初めてかもしれない。
何となくもの寂しい気分ではあるけれども、あのバカ二人といるよりはマシなはず。絶対に!
携帯で時間を確認すると、11時45分。年が明けるまであと15分。
うーん、どうしよう……


 屯所へ帰る

 神社に残る



('08.12.31 up)