大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
東京式と京阪式 |
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私:現代日本語アクセントは東京式と京阪式の二つがある事は小学生でも知っている。 君:外国人の研究者がいらっしゃるくらいだいわよ。 私:京阪式、特に京言葉、は優雅で優しい雰囲気だね。 君:つまりは、東京式は優雅でも優しい雰囲気でもない、とでもおっしゃりたいのね。 私:いや、世間一般に京言葉は優雅で優しい雰囲気と思われているが、僕もそう思う。それだけの事。でも、どうしてだろう。 君:理由なんて無いわよ。 私:アクセント学では東京式と京都式の間に決定的な違いがある。京都には高高があるが、東京には無い。これはもう、異次元レベルと言ってもいい違いだ。東京にあるのは高低と低高の二種類だけ。つまりは京都は高低・低高・高高の三種類、このアクセントの違いによるのではなかろうか。 君:どこかの専門書に書いてありそうね。 私:今、探している。先ほどは小一時間ほど散歩しながらそんな事を考えていた。 君:散歩しながらフト思いついたのね。 私:うん。それだけじゃない。尾高と平板の通りだが、両者は兄弟、ほんのわずかの違い。より具体的には尾高からアクセント核が消失したのが平板、って事なんじゃないかな。これもどこかの専門書に書いてありそうな気がするね。 君:妄想が妄想を生む訳ね。 私:その通り。更には頭高と中高の二種類、これも兄弟みたいなものだろう。頭高に接頭語が付けば簡単に中高になる。そこでザクっと東京式と京阪式の違いについても妄想が生まれてしまった。 君:妄想だからひと言で表現できるわね。 私:うん。東京語は「尾高・平板」優位の言語、そして京言葉は「頭高・中高」優位の言語、という事に集約できるのじゃないかな。これを実証するには、東京語と京言葉の自然言語を統計処理して、頭高・中高・尾高・平板の出現頻度に有意差が有る事を実証すればいいと思う。今、そんな文献を書斎で探している。僕は何種類ものアクセント類別表について論じるのは得意ではない。 君:どうぞ、ご勝手に。 私:例えば東京語における形容詞だが、二拍は全種類が頭高、三拍以降は全て起伏形容詞(中高)といったところか、果たしてそうか、先ほど来、ネット検索を試み、ひとつ発見した。例えば、東京方言における形容詞連用形・終止形・連体形のアク セン ト について- 日本語話し言葉コーパスの分析を通して一 田川恭識,中川千恵子( 早稲田大学日本語教育研究センター) J. of the Phonetic Society of Japan, Vol.18 No 3, Dec 2014, pp. 14-26 君:長い論文ね。要約してね。 私:ほいきた。自然言語の東京語、『日本語話し言葉コーパス』 (前川 2004 等) をデータとして東京語の形容詞アクセントを独自ソフトにより分析した。起伏が多いが、平板も少なからずある事が判明。これが東京語が京言葉に比し語気が荒く感ぜられる要因だろう。思った通りだった。京言葉に平板などある訳が無い。 君:それはまた極論ね。 私:難しく考えないほうがいい。研究に最も必要なものは直感だ。江戸っ子言葉なら平板化は容易、理由は一つだけ。 君:ヒントは? 私:連母音の長音化。 君:なるほど、あかい赤(起伏)、をアケー(平板)で発音するのね。 私:「アイ」は「えー」で平板化。他には、サミー寒、とか、アチー熱、オメー重、とか、なんでもかんでも江戸っ子は平板化しちゃうんだよ。いや終止形だから全て尾高かな。飛騨方言もそうだな。上品とは言えないね。 君:見つかったのが東京語を対象とした論文で残念だったわね。 私:時代も変わったな。国語の研究もIT時代だ。言語の統計処理も。 君:今日の大切な結論は、あなたがちょいと思いつくような事はとっくの昔に賢い先生達がキチンとお調べになっている、という事ね。ほほほ |
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