大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

オ段長音の開合とその消滅

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私:日本語と英語が著しく異なる言語である事は子供でも知っているが、差を一言で表すとどうなるのだろう。
君:漢字とローマ字、膠着語か否か等があるわね。
私:確かに。もうひとつ大切な点だが英語は子音優位(cv, vc, ccv, cvc, cccv, or cccvc, etc.)で日本語は母音優位(cv+cv+cv)だ。c=consonant;v=vowel.
君:母音の数は英語のほうが多いわよ。
私:確かに。然しながら英語は圧倒的に子音が多い事で知られる。片や日本語はカサタナハマヤラ・・で十数個だね。
君:英語の子音は何個あるのかしら。
私:数十万と言われている。あるいは無限の組み合わせと言ってもよい。日本人が正しく英語を発音するする上で最大の障害になっている。
君:少しも中世の飛騨方言の話にならないわよ。
私:じゃあ早速。 strike ストライクだが、英語は cvvc でなんと一音節、片や日本語は su/to/ra/i/ku(cv+cv+cv+v+cv)で五音節。更には古代日本語にストライクという音韻は無い。
君:外来語が古代にあるわけないじゃない。
私:ははは、そう意味ではなくて「ライ」という連母音の音韻が古代日本語には無かったという事。
君:ほほほ、そういう事ね。「アライソ」ではなく「ありそ荒磯」。
私:その通りなんだよ。古代日本人はどうしても「ストライク」と発音出来なくて「ストリク」と発音したに違いない。ブフッ
君:古代なら任せてね。「わぎへ我が家」「わぎも我が妹」「こむ子産む」
私:「がい」とか「こう」とか言いにくかったんだね。
君:リエゾンも古代の発明よね。「はるあめ」が言いにくくて「はるさめ春雨」とか。
私:その通りだね。ただし平安時代ともなると大量の漢語が輸入されるようになり、連母音が増加し、それら全てをリエゾンで解決するわけにも行かないし、古代の「わぎも」のように母音の脱落で解決するわけにもいかないし、撥音便・促音便・イ音便等々、の発明があるのだが、それですべてを解決する事が出来なくなってしまった。つまりは中世の音韻時代の幕開けだ。
君:平安時代に音便が発生したり音節が結合したり、和語の表現にも連母音となってしまう事が必然的に増えてきたわね。
私:そうなんだよ。室町時代の音韻の特徴とされるが連続する二母音が融合して、連母音融合、つまりは長音になる変化が著しくなった。「イウ・キウ・シウ」からはそれぞれ「ユー・キュー・シュー」などの長音・拗長音が生じた。「エウ・ケウ・セウ」からはそれぞれ「ヨー・キョー・ショー」などの長音・拗長音が生じた。
君:拗音の発明というよりは、漢語の拗音読みを日本人がマスターするようなったという事ね。
私:まあね。日本の英語教育のおかげで、日本人の英語の発音も英米人に近づきつつある。室町時代に戻るが「アウ・カウ・サウ・タウ」は「オー・コー・ソー・トー」と長音で発音されるようになった。この場合、「オ」の発音は大きく口を開いて発音し「開音」と呼ばれる。そして「オウ・コウ・ソウ・トウ」も「オー・コー・ソー・トー」と長音で発音されるようになったが、こちらは口をすぼめて「オ」と発音し、合音と呼ばれる。
君:つまりは室町時代には長音「オー」は二つの発音の長母音に分かれたという意味よね。
私:長音にしたものの、元の言葉を認識する必要があったからだね。これを中世における「オ段長音の開合」と呼ぶ。
君:でも不思議ね。どうしてそんな事がわかったのかしら。
私:当然の疑問だが、答えはキリシタン資料。
君:なるほど。天草版ね。日葡辞書やロドリゲス辞典にローマ字の記載がある、つまりは中世の日本の音韻がポルトガル語で記載されていたというカラクリね。
私:ローマ字とは言え、ポルトガル語にもウムラウトはある。それが中世の日本語音韻の解釈に役立ったという訳だ。ポルトガル人の来航がなければ「オ段長音の開合」の謎解きは出来なかったのだろう。開音は近世に至り消滅し、合音のみとなり、「オ段長音の開合」は中世に一時的に出現して消えて行った音韻だ。戦前の新潟辺りに残っていたという資料もある。
君:古い時代の幻の音韻を知ってもあまり得する事は無いわね。
私:そんな事はない。三歳半になる初孫だが、機関車トーマス、トミカ、新幹線が大好きだ。沢山の種類に夢中だ。平仮名にも少し興味を持ち始めた。「と・う・さ・ん」「か・あ・さ・ん」の平仮名を拾わせ「トーサン」「カーサン」と発音させるお遊びを始めた。結構、楽しんでやっている。
君:ほほほ、教育熱心なおじいちゃんね。
私:私は直ぐに飽きるが孫が飽きないので辟易している。ははは
君:ほほほ、光景が浮かべられるわ。ところで飛騨方言の話がないわよ。
私:京都・江戸と同じで近世に消滅したらしいね。飛騨方言には存在しない音韻。飛騨では御馳走を「ごっつぉ」と発音する。長音ではなく直音化だ。そう言えば死んだばあ様だが、「がっこう学校」を「がっこ」、「きのう昨日」を「きんにょ」と言っていたな。
君:飛騨方言では連母音の長音化ならぬ非長音化(直音化、拗音化)ね。他にもありそうね。ほほほ

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