大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

やわう(準備する)尾高-2

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僕:飛騨の俚言動詞「やわう」他ワ五(他動詞ワ行五段)の語源が「いはふ祝」他ハ四(他動詞ハ行四段)であろう、と論述したが、アクセントが尾高である事が実は気になって仕方なかった。本日、2021//3/31の中日新聞のコラムに岐大・山田敏弘先生が「やわう」について寄稿しておられる。語源としては「よそおう装」他ワ五か、と書いておられるので、意味的には、ふむなるほど、と思ったが、アクセント学的にはアウトじゃないかな。
君:どの点が。
僕:「装う」は中高だ。文語「よそふ」自ハ四(自動詞ハ行四段)も中高でしょう。
君:なるほど、「よそふ」は三拍中高ね。文語のアクセントって皆様がテレビの時代劇、あるいは歌舞伎などでなんとなくわかっていらっしゃるわよね。
僕:三省堂新明解日本語アクセント辞典に詳しいが、口語と文語はアクセントは同じ。金田一春彦先生の監修だから間違いないだろう。口語「よそおう」は文語「よそほふ」他ハ四の転。ところで「よそふ」「よそほふ」の関係ってわかるよね。
君:ほほほ、お言葉ね。「よそふ」は記歌謡・万葉の古い言葉、そこへ持ってきて動作の継続を表す上代の助動詞ハ四「ふ」が接したものなのよ。「うつろふ移」「ほころふ誇」の「ふ」がそれね。四段動詞の未然形、時に未然形のア段語尾がオ段に転ずることもあり、「よそほふ」はその例ね。ただし、こうなって来ると上代の助動詞というより、動詞の一部分の単なる接尾語。でも何気なく使っている日常語に古事記・万葉集の時代の品詞がさりげなく忍んでいる事に気づくだけでも快感ね。言語中枢がお祭り状態になるわよ。
僕:ははは、傑作だね。「よそほふ」は「よそふ」に「ほ」が挿入された訳ではなく、実は未然形「よそほ」+「ふ」、何の事は無い、元々は「よそはふ」だったんだ。
君:そうよ。「よそおう」が尾高にならず、中高なのもそれが大きな理由ね。
僕:「いはふ」にしてもアクセントの点に関してはお手上げなんだよ。中高だからね。
君:でも、「いはふ」に関してはハ行転呼ではとの考え方はとても魅力的ね。
僕:ああ、なんといっても「いはふ -> やはふ」はたった一個のモーラの一発変換だからね。僕には「よそふ」が「やわう」になったのかも、とは到底、考えられない。アクセントは違う。音韻は違う。違うところだらけだ。「よそほふ」に関しては論外と言ってもいいだろう。でも「いはふ」のアクセントに関しては、さきほど、これまた素敵な考えが思い浮かんだ。
君:どういう事かしら。
僕:つまりは連用形。動詞を体言にする技としては連用形。「いはひ」は平板、ねっ、尾高の「やわい」とピタッと一致するでしょ。
君:なるほどそうね。「いはひ」がハ行転呼したのでは、と考えると、アクセントはビタリ一致する、意味もピタリ一致する、音韻もピタリ一致する、つまりは不一致の箇所がひとつもないのね。
僕:その通り。その一方、3モーラ名詞「よそい・装い」だけど、これって中高だぜ。
君:あら、そうね。文語的な言い回しだからあまり使わないけれど、その通り。しかも「よそおい」も平板と中高の両方のアクセントだから、ピタリと一致するとは言い難いわね。
僕:それに使用頻度の高い名詞は中高から平板に移行しやすい、というアクセント学の法則がある。つまりは・・
君:ほほほ、上代の「よそほひ」も実は中高。他方、「いはひ」「やわい」は共に平板。
僕:そうなんだよ。まず最初に「いはひ」がハ行転呼して「やわひ」という名詞が出来た。上代の飛騨では「やはひす」というサ行動詞も使われたのだろう。ただし体言「やはひ」から用言「やはふ」が作られたのでは、と考えるとアクセント学にはドンピシャリだ。おそらくは上代あたりに、飛騨方言においてこのようなゆっくりとした変化があったに違いない。中世から現代に至るまで、音韻・モーラ・アクセント・意味ば変わらず、というようなところじゃないかな。
君:飛騨方言の歴史のロマンス。ところで、あなた、実証実験いつもやっているでしょ。そこで確証を得たくせに。
僕:ははは、ばれたか。実は最低限、三十分ほど、同じ言葉を繰り返すんだ。すると舌が段々と疲れて来て音韻が変化してしまう事に気づかされる。
君:「いはひ」を一万回、となえていたらいつのまにか「やわい」になっていたのよね。誰もそんな実験には付き合わないわよ。私だってまっぴらごめんだわ。ほほほ
one point lesson: 名詞が平板か尾高なのか、チョッピリ微妙な問題ですね。迷う時は活用してみてください。「きもちがいい」「はなみ花見をする」、だから「きもち」は平板、「はなみ」は尾高です。この辺が日本人に生まれ育った強みという事なのです。 ただし、この場合ですが、何回もモゴモゴ言っていると、平板か尾高なのかわからなくなってしまうでしょう。だから、このアクセント内省実験は一発で答えを出してください。それでもわからなくなってしまえば迷う事無くアクセント辞典を引く事です。

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