飛騨俚言・がで というのは分量を意味する名詞です。しかも分量が多い状態を示す事が多いのです。
従いまして、がでがある の意味は分量が多い、早い話が、でかい という意味になります。
料理など、皿に大盛りの状態の時に、がでがある、といいます。
逆に上げ底で量が少ない場合は、がでがない、というのです。
ネット検索しても一切ヒットせず、飛騨地方に特有の言葉のようです。古語辞典にもありません。
従って、語源を考えるのは至難です。
まずは思いつくままに、
でがある、の、で(出)、は、ある一定の分量、かさ、時間、距離をいいあらわしましょう。
共通語では、「使いで」のように、動詞の連用形について1つの語となるのが通常です。
がしかし、がで、も動詞の連用形であろう、というのは無理でしょう。
がで、の、が、は単なる字数あわせの意味ない接頭語なのでしょうか。
また多いことを過分、ともいいますので、がで、は、過出、過分に出過ぎるという言葉でしょうか。
また凌駕という言葉にある駕の字もしのぐ、おおいという意味になります。
おそらく、ここまでのこじつけは真実を言い当てていないでしょう。
また、こんこんと沸きいずる沸き水などは、出がいい、といいます。
水の分量が多いと言う意味で、みずの"がで"がある、という飛騨方言に一種通ずるものがあります。
一応の結論としては、飛騨俚言・がで、は、共通語・使い出がもとの言葉であり、
飛騨方言の言い回し・がでがある(=分量が多い)、は、使い出がある、が
訛ったものであろうと佐七は推察いたします。
更なる推察は飛騨俚言・がで・がでがある、に関する一考察に
上梓しています。
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