今ぶらぶらネット検索していましてどうも花もちが俚言らしい事に気づきました。順次、種明かしをしていきます。
まずは県内でも美濃地方にも風習があるようですが、"もち(餅)花"の言葉が用いられます。
美濃地方からは"花(餅)もち"の情報発信は皆無に近いのです。
東白川村(飛騨・美濃の境)では両語が用いられる事もネット情報は教えてくれました。
次いで全国情報ですが、かつて《行事ともち》
というJAが運営するサイト情報がありました。グーグルキャッシュデータは以下の通りです。
◆もち花
正月の祝いに使うもので、もちや米粉のだんごを小さく丸め、色をつけて、柳・梅・樫などの若木の枝につけて飾ったものです。
この木のように、今年も豊作であるようにという願いが込められています。
地方によっては、まゆ玉・もちの花・稲の花などとも呼ばれています。
この風習は、江戸時代に盛んになったようですが、現在ではあまり見られなくなりました。
もち花は"地方によっては、まゆ玉・もちの花・稲の花などとも呼ばれています。"との記載に
見られる如く、花もち(餅)という言葉が珍しい言葉である事がおわかりでしょう。
つまり美濃は全国の一部、飛騨は岐阜県の一部という事もおわかりでしょう。
実はネット検索してみますと、花もち(餅)、という言葉は全国から発信があるのです。
がしかしそれらは全て文字通り花の形をした餅などを示し、お菓子・食料品を
命名する為に用いられているのです。
一部に伝統和菓子を命名するものも見られましたが、多くは新作の菓子のようです。
つまりは古来から餅花の意味で花餅という言葉を使うのは飛騨地方に限られるようです。
花もちでも、もち花でもいいじゃないか、いったい何故そんな事にこだわるんだい、
というお声が聞こえそうです。そこをまあ。
飛騨方言とて日本語ですから名詞複数の複合語なら
末語以外は実は全て形容詞です。
つまりもち花は、もちを花にみたてた飾り品であり、
花もちは花にみたてた餅・食料品です。
飾り品は食べません。つまり用が済めば焼くのでしょう。
花もちは飾りの用が済めば食べるというわけです。
事実、花もちのネット情報には食べ方の紹介も多く、
上記の飛騨発信情報には、飾り終わった後は鏡開きの頃に
枝から1個1個はずしてアラレにする、と記載があります。
アラレですから美味しそうですし、飛騨の人は口卑しいのだなと思われる向きもありましょう。
がしかし私はそう考えません。
理由はひとつ、別稿の追記 (2005.4.30) 正月の歌の通りです。
花ならいざ知らず、用の済んだ餅を焼き捨てる事など、
とてもとても出来るわけが無いじゃありませんか。
つまりはもち花を洗い、ほこりを落として(花)もちとして食べるのは
寒村の貧しさ故であったからに他なりません。
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