大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
ひね |
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私:今日は飛騨方言「ひね」について話そう。 妻:あら、「ひねくましい」に随分、お書きになったわよ。 私:いや、ほんのおさわりを書いただけ。 世の中には「アホ・バカ」の言葉を追及して五百頁余の本をお書きの松本修氏のようなかたもいらっしゃる。 妻:素敵ね。誰のためでもない、自分の為。学問を愛していらっしゃるのだわ。あなたもその真似事ね。ふふっ 私:ああ、何とでも言ってくれ。僕は自分の為に方言を学んでいる。早速だが、「ひね」の語源は「ひ」+「いな」ではないかと思いついた。 妻:晩稲は後世の当て字だったのね。よく気づいたわね。 私:もうひとつ、古語辞典で気づいた事がある。「ひね」「ひねくさし」「ひねくろし」「ひねひねし」「ひねみみ」「ひねる」「ひねくれる」「ひねごめ」「ひねもの」「陳くれる」は古びる・古臭くなる、の意味だ。 妻:ほほほ、随分あるのね。 私:それだけか。なにか気づかないか。 妻:いろいろある、という事ね。 私:そうだ。つまりは「ひね」は重要単語だ。 妻:なるほど、そういう事ね。ふふふ、わかったわ。飛騨方言というか、各地の方言に「ひね」何とかが沢山あるのでしょ。 私:その通り。君は本当に賢い。飛騨方言に限ろう。土田吉左衛門「飛騨のことば」に 「ひね」古くなったもの 「ひねおじ」分家もせず婿にもいかぬ男 「ひねおば」行かず後家 「ひねくさい」古い 「ひねくそ」古い者・物の蔑称 「ひねくましい」前記 「ひねくもじ」古い漬物 「ひねづけ」古い漬物 「ひねた」古びた 「ひねとる」ふけている 「ひねまい」古米 「ひねる」ふける どうだい、語幹「ひね」は飛騨方言でも重要単語だ。 妻:つまりは各地の方言を丹念に調査すると「ひね」から派生した言葉がまだまだ見つかる可能性があるのよねぇ。 私:その通り、と言いたいところだが、「ひねくましい」は飛騨の俚言の可能性もある。先ほどは東条操辞典から「ひねじいさん」曾祖父「ひねばあさん」曾祖母 を発見して思わず歓声をあげてしまったよ。埼玉県入間郡高麗。ここでも既に死語かな。 妻:本当に方言がお好きなのね。 私:というか、やっと今、好きになった国語だな。僕は君と違って大学入試では国語の苦手意識が恐怖だった。旧帝医学部入試は一問外しても命取りの世界だからなぁ。僕の時は6倍の倍率だった。周りの受験生が皆、俊才に見えた。でも数学・英語は楽勝で満点だったよ。 妻:ふふふ、今、国語に夢中になっている事が嬉しくてしかたないのね。 私:ああ、嬉しい。面白くてしかたない。僕は今、失われた飛騨方言の語彙を調べ上げ、重要単語をざっと3000ほどリストにしようかと思っている。このような地道な仕事で僕の祖先、いにしえの飛騨人の心に迫る事が出来る可能性がある。ところで「ひねづけ」や「ひねくもじ」がどうして飛騨にあるか、わかるかい。 妻:わからないわ。 私:それも当然だ。ただし都会育ちの君と違って僕は漬物とホオバ味噌で育ってきた。とにかく塩分を多くして持ちをよくするのが「ひねづけ」、雪に閉ざされた一冬を超す生活の知恵だ。さらには「ひねくもじ」の味がおかしくなるや、これをグツグツと煮る。「煮たくもじ」という漬物の出来上がり。こんな事は飛騨の寒村に生まれ育った僕でないとピンとこないだろうな。方言学は残念ながら民俗学と分離されて、純粋に言語学の分野になってしまったが、僕は柳田國男のような学者が大好きだ。 妻:生まれた時代が違って先生に会えず残念ね。でも柳田先生の弟子になっていたら私とは巡り合えなかったわよ。 |
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