大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
けなるい(=うらやましい)-2 |
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私:昨晩は形口「けなるい」についてご紹介したが、ほんの少し、掘り下げてみたい。 君:語源は形動ナリ「け異」に間違いないのだし、これ以上の議論って特にないわよ。 私:形動ナリ「け異」は、変わっている事を愛でて羨ましいなと思う気持ち、文例は万葉、宇治拾遺、古今、源氏他多数。ここまでは良し。実は飛騨方言「けなるい」は上古の言葉でも何でもなく、ただ単に近世語という事なんだろうね。 君:ははあ、67歳になったあなたが16歳の、つまり高一の佐七に教えてあげたい、という意味ね。 私:うん、その通り。根拠としては音韻。飛騨方言に「けなるい」はあるが、「けなりい」或いは「けなり」は存在しない事。つまりは方言量が1。つまりは音韻の揺らぎが無い。手元に幾つか岐阜県の方言資料があるが、どこにも「けなりい」の記載が無い。以上から明らか、飛騨方言「けなるい」は近世語、何のことはない、江戸時代の歌舞伎の言葉から来ている事がわかる。例えばお染久松色読販。 君:あら、歌舞伎がお好きなのね。 私:家内の影響が大きい。結婚するまでは特に興味は無かったし、大人の学芸会程度にしか思っていなかったが、家内が私をせっせと誘ってくれている。今では江戸の人情にたまらない魅力を感ずるようになった。 君:歌舞伎の台詞に「けなるい」が出てくるから、或る時に、ははあ・飛騨方言はこれの輸入だな、と直感したのね。 私:その通り。「けなるい」は全国共通方言で、「けなり」つまり文語形容詞から「けなりい」つまり口語形容詞への音韻変化は江戸時代の事だ。 君:上古からの音韻変化は。 私:「けなり」からスタートして、ずうっとそのまま地方の方言になっているようだが東北地方に多いようだね。こちらがひいき目にみて上古の音韻が残っている地域だ。ただしこれらの地方とて江戸の言葉「けなりい」の短呼化かどうか、わかったもんじゃないね。ひとつはっきりしているのは、鎌倉時代に形動ナリ「けなり」がご丁寧にも形動ナリを重ねて「けなりげなり」に変化する。文例は沙石集。それでも「けなり」は健在で、つまりは鎌倉時代は「けなり・けなりげなり」の使い分けがあった。 君:意味の違いは? 私:ひとつには情意性があるかどうか。「けなり」は「珍しいので羨ましい」という事で情意性の表現だが、他方、「けなりげなり」は「健康だ、気分が良い、ふるまいがしっかりしている、殊勝だ」などの意味になり、これがやがて「けなげ健気」になる。 君:なるほど。「けなり」は自分が抱く感情であるのに対して、「けなりげ」は相手を評価する意味なのよね。 私:その通り。例えば、えいちゃんが「けなりげ」なのが佐七は「けなるい」、という訳だ、 君:そして江戸歌舞伎で形口「けなりい・けなるい」と形動ナリ「けなげ」になるのね。 私:その通り。まずは文語形容詞「けなり」が口語形容詞「けなりい」になった。口語形容詞「けなりい」は口語形容詞「けなるい」になった。そして飛騨はじめ、全国の方言に残っている。 君:歌舞伎に「けなるい」は残っているけれど、現代口語としては「けなるい」は死語となり、佐七に飛騨方言「けなるい」の方言意識が芽生えたのよね。 私:高校一年生の佐七に古語は学び始めたばかり。日本語の音韻史は知らない。僕が歌舞伎を見るようになったのは結婚して、二人の娘が嫁ぎ、夫婦で老後を楽しむようになってから。高校生には無縁の世界。 君:ほほほ、今のあなたなら幾らでも高校生の佐七に語る事が出来るわよね。 私:金森三代が終わり、飛騨は幕府の直轄領となった。天領飛騨は江戸直輸入の方言の側面があるんじゃないかな。飛州志が端的な例だね。 君:どうもお考えがステレオタイプだわよ。方言の自然発生説はどうかしら。 私:他ラ四「けなりがる・けなるがる」が生まれたのも江戸時代。飛騨では「けなるがる」は使うが「けなりがる」は決して使わない。どう考えてみても飛騨方言「けなるい」は歌舞伎の言葉です。方言の愛好者は万葉方言という言葉に酔いしれる。真の意味での万葉方言は八丈方言だけ。飛騨方言は実は近世語のオンパレードと思えば当たらずと言えども遠からず。当サイトでは記紀、万葉をよく引き合いに出すが、僕は飛騨方言が万葉方言であるとは一言も主張していない。つまり京アニ「君の名は」のストーリーは学問的には間違いです。当サイトは方言サイトに名を借りた日本語史サイトとも言える。 君:ほほほ、近いと言えども当たらず、だわよ。あなたの書く事は間違いが多い可能性があるのよ。佐七に代わって全国の皆様へ、若し間違っていたらごめんあそばせ。 |
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