大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
やわい(準備) |
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私:今は2020晩秋だが、僕の町、可児市からは雪の御岳がよく見える。冬はもうすぐだね。 君:飛騨方言「やわい」は「支度」という意味だし、「ふゆやわい」つまりは「冬支度」が飛騨の季語なのよね。 私:この語については何年もずうっと語源探しで悩んで来た。今も。当サイト辞書には語源は「やはす和」他サ四の連用形であろうと記述して来たが。 君:貴方の苦悩はわかるわ。古語動詞「やはす」のアクセントが判らないからでしょう。 私:おっ、鋭いね。その通りだ。「やわい」は平板アクセントで、飛騨方言動詞「やわう」他サ四も平板アクセント、そして「ふゆやわい」の場合はアクセント核が「や」に出現して中高になる事は日本語(東京式)アクセント則に一致する。「やはす」のアクセントが平板ならば、「やわい」の語源は「やはす」で決まり、と確信になるのだけどね。 君:「やはす」の出典はどうなの。 私:。これまた、鋭いね。角川古語大辞典全五巻の出典は万葉集、古事記、祝詞・大殿祭。つまりは上代の動詞。つまりは中世には消滅。そのような動詞が飛騨方言動詞のルーツなのかどうか、という点も大変に気がかりな点だ。 君:ほほほ、お馬鹿さんね。大殿祭(おほとのほがひ)は宮中儀式につき庶民は情報は得られないし、現代に残る祝詞などからも古代のアクセントは崩壊アクセント。従ってアクセントからのアプローチは無意味だと思うわ。上代特殊仮名遣いにて音韻研究だけが関の山。 私:なるほど、言われてみればその通りだ。 君:「やはす」以外に候補となるような動詞の存在はどうなの。 私:実は、その点に関しても、何年間もと言ってもいいかな、古語辞典にあるほとんど全ての動詞をあたっているけれど、「やはす」以上にしっくりと来る候補が無いんだよ。 君:ならは、一応は「やはす」が語源という事でいいのじゃないのかしら。 私:もうひとつ困った事は、「やわい」は飛騨の俚言。富山、越前大野あたりの方言資料もあるが飛騨からの spill over 現象だろう。 君:あふれ出し現象ね。 私:そう。「やわい」は飛騨全体で広く使われている。飛騨人でこの言葉を知らない人なんて一人もいらっしゃらないだろう。 君:「ふゆやわい」は正に生活に密着した言葉だからその通りだと思うわ。 私:今日は別の観点から「やわい」の語源について考えてみたいと思う。 君:あらいやだ。今までが前置きだったという事? 私:ああ、前置きだ。「やわい」の語源は「やはす」であろうが、これを同音衝突の点から考えてみたい。 君:「やわう」他サ四と同音異義語の動詞なんてあるわけないじゃない。 私:その通りだ。つまりは同音衝突 homonym clash ではなく、実は near-homonymy の現象の点から考えてみたい。同意語とでも訳せばいいのだろうか。あるいは異音同義語とでも訳せばいいのだろうか。 君:同意語でいいわよ。 私:では。「やわう」の同意語(準備する)に「まわす」他サ四がある。しかも両者は平板アクセント。「やわう」を名詞にすると「やわい」、そして「まわす」の場合は「まわし」。つまりは二つには際立った違いもあり「ふゆやわい」とは言うが、「ふゆまわし」とは言わない。 君:別に深い意味は無いわよ。 私:もう一つの問題は「まわす」の語源には「やわう」に対応する動詞が無い。 君:つまり「やわす」がサ行イ音便で「やわい」になっているのに、その一方で「まわす」が「まわい」にならないのは何故か、という事ね。 私:サ行イ音便が曲者で、なる・ならない、は気まぐれという事だろうね。勿論、同音衝突や同意語の出現を嫌うというような文法が働いているには違いなかろうけどね。 君:議論は出尽くしたようね。 私:いや、実は本日のハイライトがある。 君:えっ、まだ終わっていなかったとは。あなたってお方はネチネチとしつこいのね。女性にもてないわよ。 私:君に持てなくても、僕は孫娘に大もてなんだ。それで十分。第一に僕は女性恐怖症。家内としかまともな会話ができない男なんだ。 君:いいから、ハイライトは何? 私:昨日は「まわす」の飛騨方言同意語を突然に思い浮かべる事が出来た。「まやす」。意味は「(独楽を)回す」「(獅子を)舞わす」の二通りがある。 君:つまりは「やはす」が古語で、「やわう」「まわす」「まやす」の三つは現代飛騨方言口語の同意語なのね。 私:その通り。ただし「やわう」「まわす」は「準備する」という同意語で、「まわす」「まやす」は「回す・舞わす」という同意語だ。 君:つまりは「やわう」と「まやす」は音韻も異なれば意味も異なる、つまりは全くの無関係の動詞なのよね。 私:その通り。但し連用形となると益々、話がややこしくなる。「やわい」「まわし」「まやし」の三者は共に「準備・工夫・家計・用意」というような意味で、つまりは三つの名詞は同意語なんだ。 君:あなたは考えすぎよ。少し訛っているだけの話だし、言葉の意味って人によって微妙に異なるものだし、要するに・・ 私:・・ネチネチとしつこい男は女に嫌われる。 君:俚言の有難いところは、あなたの考えがあなたの答え。 私:俚言ゆえ飛騨以外の人々は「やわい」の語源に全く関心が無いだろうしね。でも金田一京助先生は「バリカン」の語源に興味を持ち、数年かかって「バリカン社」製が由来である事を突き止めた。 君:ほほほ、既出よ。その子供、金田一春彦先生は日本語に「みゅう」という音韻がないか、数年かかって「いまみゅうだ今壬生田」姓がある事を突き止めた。この事もこのサイトのどこかに昔、書いたわよね。 cf. やわう(準備する) 202012/29 謹んで訂正します。「やわい」の語源は古語「いはひ」であると確信いたします。 |
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