大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 文法 |
飛騨方言における動詞活用:仮定形の特徴(2) 古語接続助詞・ば、に由来する飛騨方言の動詞仮定形 |
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別講に飛騨方言における動詞活用の仮定形(1)を紹介していますが、実は、筆者なりに気がつくに飛騨方言ではこの別講の活用以外にも動詞仮定形の活用があり、むしろ大変に飛騨方言らしい活用であり、古語表現を今に残す飛騨方言を理解するのにより重要であると考えます。 ほとんどの方が無意識に話してお見えの飛騨方言の仮定形ですが、実は古語接続助詞・ば、に由来する動詞仮定形があるのです。さてそもそも、古語文法においては、接続助詞・ば、は未然形について仮定した場合の条件を示す、とあります。これは文語においても、例えば、 旅ゆかばなどといいますからどなたでも容易に理解できるでしょう。そして、共通語の活用では、動詞仮定形につくわけですので、 旅にいけばとなります。くどいようですが、古語では未然形で、そして現代語、共通語ではいつのまにやら仮定形です。 勿論、飛騨方言においては、"旅ゆかば"のごとく古語接続助詞・ば、がそのまま用いられるわけでは有りません。古語接続助詞・ば、ではなく飛騨方言の接続助詞・や、が代用されるようです。また筆者にとっては残念な事に、飛騨方言では、四段動詞の一部の動詞(末語が、う、でない動詞)ではこの古語表現の活用が消滅しています。がしかし、上一、下一、カ変、サ変活用の全ての動詞でははっきりと残っている活用です。 未然形を用いた仮定形表現 仮定形そのもの表現 −−−−−−−−−−−−− −−−−−−− 古語 飛騨方言(2)飛騨方言(1) 種類 基本形 接続助詞・ば 接続助詞・や 仮定形+れば −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 上一 着る きば きや きりゃ 上一 似る 似ば にや にりゃ 上一 干る 干ば ひや ひりゃ 上一 見る みば みや みりゃ 上一 射る いば いや いりゃ 上一 居る いば いや いりゃ 上一 起きる おきば おきや おきりゃ 上一 過ぎる すぎば すぎや すぎりゃ 上一 落ちる おちば おちや おちりゃ 上一 恥じる はじば はじや はじりゃ 上一 強いる しいば しいや しいりゃ 上一 滅びる ほろびば ほろびや ほろびりゃ 上一 悔いる くいば くいや くいりゃ 上一 懲りる こりば こりや こりりゃ 下一 得る えぱ えや えりゃ 下一 受ける うけば うけや うけりゃ 下一 上げる あげば あげや あげりゃ 下一 寄せる よせば よせや よせりゃ 下一 混ぜる まぜば まぜや まぜりゃ 下一 捨てる すてば すてや すてりゃ 下一 い出る いでば いでや いでりゃ 下一 尋ねる たずねば たずねや たずねりゃ 下一 経る へば へや へりゃ 下一 考える かんがえば かんがえや かんがえりゃ 下一 調べる しらべば しらべや しらべりゃ 下一 止める とめば とめや とめりゃ 下一 超える こえば こえや こえりゃ 下一 晴れる はれば はれや はれりゃ 下一 植える うえば うえや うえりゃ カ変 来る こば こや くりゃ サ変 する せば せや すりゃ(せりゃ) サ変 講ずる こうぜば こうぜや こうずりゃ (こうぜりゃ) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 末語が"う"の動詞 四段 思う おもはば おもや (存在せず) 四段 食う くはば くや (存在せず) 四段 戦う たたかはば たたかや (存在せず) 四段 縫う ぬはば ぬや (存在せず) 四段 仕舞う しまはば しまや (存在せず) 末語が"う"以外の動詞 四段 行く ゆかば (ゆかやは いきゃ 存在せず) 四段 有る あらば (あらやは ありゃ 存在せず) 四段 立つ たたば (たたやは たちゃ 存在せず) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−繰り返しにはなりますが飛騨方言では、上一、下一、カ変、サ変活用は二種類の仮定形があるのです。また、古語の言い回しである接続助詞・やの用法はカ変動詞に、端的に、表現されています。こや、は未然形、くりゃ、は仮定形です(どうぞ注目してください)。飛騨方言で、くや、といえば、末語が"う"の動詞・食う、の仮定形で、食えば、という意味になるのです。この点も注目してください。 (例、はらへりゃ、もちくやええ。意味は、腹がへれば餅を食えばよい。) また面白い事に、飛騨方言では、サ変動詞は、する、以外に、せる、が有ります。すりゃ(せりゃ)の両用法併記になるのはその為です。講ずるにして然り、"こうぜや"が未然形で、"こうぜりゃ"が仮定形です。 四段動詞は、末語が、う、であるかないかによって二種類の仮定形の一方が選択されます。ワ行四段動詞も極めて特徴的といえましょう。上記の五単語ですが、勿論、飛騨地方では古くには、おもはや、くはや、たたかはや、ぬはや、しまはや、と話されていたに違いありません。がしかし、はや、はその後、や、に変化、つまり、は、が脱落したのでしょう。そして、現代に至って、おもや、くや、等となっているのです。 仮に若し共通語の仮定形に置き換え、"や"を追加してできた、おもえや、くえや、たたかえや、ぬえや、しまえや、という遊びの言葉は、飛騨方言でも共通語でも仮定形の意味はありません。では何故、"う"で終了する四段動詞の仮定形に"や"を追加する用法が成立しなかったのでしょうか。理由は簡単、おもえや、くえや、等では、思いなさい、食いなさい、等の命令形の意味になってしまうので、このような意味の混同が嫌われたのでしょう。 このように書いてしまえば、じゃなかった、このように書いてしまや、簡単な事なんやけど。蛇足ながら飛騨方言では、〜てしまう、はむしろ、〜てまう、と言うのが普通です。(つまり、このように書いてまや簡単な事なんやけど。) |
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