飛騨方言において男性が用いる命令形ですが、実は相当に複雑です。
まずは四段動詞ですか共通語と同じといってもよいのですが、
普通は使役・命令の終助詞・よ、を付加します。
例えば、行け、という意味では普通は
いけよ。(け、にアクセント)
といいます。これは簡単です。さあ次からが手ごわいぞ。
上一段動詞ですが、大事な原則は筆者なりに考えますに古語文法の命令形と同一という事です。
がしかし。
(1)飛騨方言のひとつの言い方は動詞語幹部に"よ"をたして、命令形ととする言い方です。古語風、文語調の命令形です。
また、動詞語幹部に"ろ"をたす共通語の言い方は、飛騨方言においては男女ともに用いる事はありません。
もしそのように話すと、共通語を話すキザな野郎、という風に受け止められてしまうのです。ああこわ。
(2)また特筆すべきは飛騨方言特有命令の終助詞・れ、というものが存在する事でしょう。未然形に付加し、
命令の意味になります。本稿ではこれを便宜上、飛騨方言特有命令形と呼びます。
(3)あるいは、動詞語幹部+"よ"の命令形に加え、更に飛騨方言特有の終助詞・い、を加える事もあります。
そして、この終助詞・い、ですが、古語の終助詞・い、と全く同じです。
つまり、文の終わりに付加し、語気を和らげ、親しみを表す語です。
(4)またこの飛騨方言特有命令形に使役・命令の終助詞・よ、を足す言い回しもあります。
(5)更にはこの飛騨方言特有命令形に仮定形+使役・命令の終助詞・よ、と親しみを表す終助詞・い、を付加する事もあります。
つまり、一言で飛騨方言で男性が用いる上一段命令形といっても、例えば着なさいという意味の命令形は、
(1)きよ。(よ、にアクセント、がしかし逆もある) 共通語に通ずる命令形
動詞語幹部+"よ"
(2)きれ。(れ、にアクセント) 飛騨方言特有命令形
未然形+飛騨方言特有命令の終助詞・れ
(3)きよい。(よ、にアクセント)
動詞語幹部+"よ"+終助詞・い
(4)きれよ。(れ、にアクセント)
飛騨方言特有命令形+使役・命令の終助詞・よ
(5)きれよい。(れ、に強アクセント、そして、よい、は極めて弱く発音)
飛騨方言特有命令形+使役・命令の終助詞・よ+親しみを表す終助詞・い
と、さまざまな言い回しがあるのです。
下一段動詞も上一段動詞と同じ規則が当てはまります。
未然形+飛騨方言特有命令の終助詞・れ、の言い回しも上一段動詞と同じです。
例えば、得なさい、という意味の命令形は
(1)えよ。(え、にアクセント、がしかし逆もある)
動詞語幹部+"よ"
(2)えれ。(え、にアクセント) 飛騨方言特有命令形
未然形+飛騨方言特有命令の終助詞・れ
(3)えよい。(え、にアクセント)
動詞語幹部+"よ"+終助詞・い
(4)えれよ。(え、にアクセント)
飛騨方言特有命令形+使役・命令の終助詞・よ
(5)えれよい。(え、に強アクセント、そして、れよい、は弱く発音)
飛騨方言特有命令形+使役・命令の終助詞・よ+終助詞・い
と、さまざまな言い回しです。
さて、カ変動詞ですが、これは共通語・こい、以外に終助詞・よ、を足す言い回しがあります。
古語の終助詞・よ、と同じ意味で、命令や禁止の表現に用い、その意味を強めるのです。
(1)こい。(共通語と同じ)
(2)こいよ。(こ、にアクセント)
共通語の命令形・こい+終助詞・よ
次いでサ変動詞ですが、(1)これは共通語・せよ、のみを用います。しろ、とは言いません。
(2)未然形+飛騨方言特有命令の終助詞・れ、の言い回しも上一、及び下一段動詞と同じです。
さらに、(3)せよ、に終助詞・い、を足す事もあります。
飛騨方言特有命令形に、(4)"よ"ないし(5)"よい"などの終助詞等がつく事も上記の上一段動詞と同じです。
(1)せよ。(共通語と同じ)
(2)せれ。(れ、にアクセント) 飛騨方言特有命令形
(3)せよい。(よ、にアクセント)
共通語の命令形・せよ+終助詞・い
(4)せれよ。(れ、にアクセント) 飛騨方言特有命令形
飛騨方言特有命令形+飛騨方言特有命令の終助詞・よ
(5)せれよい。(れ、に強アクセント、そして、よい、は弱く発音)
飛騨方言特有命令形+使役・命令の終助詞・よ+終助詞・い
以上をまとめますと、男性がしゃべる飛騨方言の命令形についてあれこれと規則が見えてきます。
以下の通りでしょう。
★男性が用いる命令形は原則、古語と同じ
★★★(本稿のハイライト)
上一、下一、サ変動詞(つまりは、"る"で終わる動詞に他なりません)に
未然形+飛騨方言特有の命令の終助詞・れ、という、
"る"で終わる四段動詞の命令形の響きに近い特殊な言い方がある。
この飛騨方言特有命令形に使役・命令の終助詞・よ、がつく事はできる。
この飛騨方言特有命令形に親しみを表す終助詞・い、がつく事は出来ない。
★使役・命令の終助詞・よ、と、終助詞・い、が同時に用いられる場合は、必ず前者が先(つまり、よい)で、
その逆(いよ)は不可。
★終助詞・よ、をサ変動詞につける事ばできない。せよよ、は不可。
★終助詞・い、を四段動詞につける事ばできない。いけい、は不可。
★終助詞・い、をカ変動詞につける事ばできない。こいい、こいよい、は不可。
★終助詞・よ、はアクセントになれる事がある。
★終助詞・い、はアクセントになれない。
★終助詞・よ、は上一、下一、サ変で飛騨方言特有命令形につくとアクセントになれない。
飛騨方言特有命令形の"れ"がアクセントになる。
せっかくですので例文ですが、幼い頃に風呂上りにフリチンで遊びまわっていると
こりゃあ、はよう着よい。はよ着れ。はようせよい。はよせよ。はよせれ。
(= これこれ、早く着なさいよ。早く着ろ。早くしなさいよ。早くしろ。早くしろ。)
などと、じい親にしかられたものでした。
お暇な方は関連記事のくとまり手形をお読みになってください。