大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 心の旅路

(津波の時は)てんでんこ

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私:東北はじめ全国の方言の「てんでんこ」は共通語で「てんでに」の意味だが既出なので悪しからず。
君:今日は特別の日ね。
私:2001/3/11/14:46の東北震災からちょうど10年、各地で追悼式が開催された。家族が心配のあまり海岸に向かってしまい、津波に逃げ遅れ帰らぬ人となったおかたがいらっしゃった。津波となれば一刻の猶予も無く各人が「てんでんこ」で高台に逃げよ、という東北の先人の教えだ。
君:自助という事ね。ただ、高台に新しいコミュニティが出来てもなじむことが出来ず孤独死なさるおかたもあり、共助の大切さが叫ばれる今日この頃なのよね。
私:日ごろ或いは緊急でない時は共助、緊急時は自助が大切という事だね。
君:反対語という事だから共助に相当する飛騨方言、あるいは全国の方言は何かしら。共通語なら「一緒に、皆で」が思い浮かぶけれど。
私:それについても既出、真っ先に思い浮かぶのが「なかま仲間」だ。
君:「仲間」は共通語じゃないかしら。
私:飛騨方言では「ナカマスル」というサ変動詞になる。「仲間でする」とは言わない。「ま」にアクセント核があり五拍中高アクセント。
君:つまりは共助は「ナカマ」で「共助で」は「ナカマシテ」よね。
私:「テンデンコ」は福島・上総・岩手・仙台、等々、東北の方言と言えると思うが、「ナカマシテ」は飛騨方言だけかもしれないね。大坂方言では、例えば「なかまで使こうたらええややないか」になる。次いで共助でキーワードの全国共通方言に「ユイ結」がある。
君:意味は。
私:広い田んぼでひとり作業をするのは辛いことだ。そこで複数の家が大人数となり、共同で集団作業をする。すると作業は早くなり、楽しくもある。これが結だ。もっとも複数の家といっても親戚同士という事が大半だろう。他人の家同士となると、やはり「てんでんこ」だろうね。漁業の事はよく知らないが、急に興味が湧いてきた。船団で魚を一網打尽となると、結という事になるのかな。
君:コロナ以前は東北支援という事で東北旅行に皆様がお行きになったわね。
私:津波の半年後に福島いわきと仙台あたりの放射能の問題が無くなったので、オートバイでトボトボと海岸線を走った。原発地域は立ち入り禁止で、いわきから仙台へは内陸にて大迂回だったなぁ。
君:どんな感じだった。
私:一言で言えば、どこまでも続く黒々とした平野というか荒れ野。家も樹木も何も無い。涙をそそる光景だ。その黒々とした荒れ野の遠くににポツンと白い点が見えるじゃないか。
君:家も樹木も無いから何キロも先の白い点が見えたのね。近づくにつれて、えっ、と思ったのでしょ。
私:その通り。真新しい白い墓石だった。何もかも流されて、先祖代々の墓石ですら。でもそれでは死者が弔えない。という事で復興の第一歩が、かつてここにあった墓の再建という事だと知らされた。オートバイを降りて、手袋を脱ぎ、ヘルメットを脱ぎ、お参りさせていただいたよ。
君:時間があれば、また将来、そのお墓にお参り出来たらいいわね。
私:場所はしっかりと頭に入れてある。地図にも目印を入れてある。
君:オートバイは一人旅、てんでんこの旅だったのでしょ。次回はお車で奥様と仲間するのよね。

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