この頁を故・金田一春彦先生に捧げます。
先生の著、日本語方言の研究(単行本)、東京堂出版、を読ませていただきましたが、
手元に集まりつつある方言研究書の中で最高に面白いと感じています。
辺境の言葉は果たして古いか、という命題もなるほどその通り、
つまりは当サイト記事も全面的な書き直しを余儀なくされました。いやはや。
さて、気になる点がひとつだけあります。同書の一文章、"飛騨から富山県にかけて「見るな」という制止法を「見ンナ」といって、
打消しの回数が一つよけいである。"という件です。
昨日ですが、原稿を三頁書いてアップロードしています。
飛騨方言における二拍ラ行動詞撥音便のアクセント
禁止の終助詞・な、と間投助詞・な、のアクセント
二重否定表現
つまり、打消しの回数は一回です。終止形撥音便+打消しの助詞・な、なのです。
金田一先生は、未然形+打消し+打消し、であろうかと勘違いされたのですね。
端的な例がカ変動詞に現れます。くんな、といえば来るな、という意味です。
こんな、といえば来ないですね、という意味です。
またアクセントが明らかに異なり、日常生活上、意味の取り違えが生ずる事はありません。
はなはだ失礼な言い方になるのかも知れませんが敢えて。
日本語音韻音調史の大家である金田一春彦先生なれど、
生涯に渡り超ご多忙のあまり残念ながら飛騨に足をお運びなさいませんでしたか。
飛騨方言のアクセントに限ってはこのような非常に細かい点になるとご存知なかったという事なのですね。
おそらくは文献的研究をされた結果が、飛騨方言・みんな、という事なのではないでしょうか。
真実はと言えば、アクセントについての大家・金田一先生が飛騨方言を耳にされたのなら、
瞬時に洞察なさっていた内容でしょう。