大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 心の旅路

しらぬひまち不知火町(熊本)

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私:天草へ行ったが、不知火で面白い事を聞いたな。
君:不知火(しらぬい)は、九州に伝わる怪火の一種ね。神代の時代からの自然現象ね。
私:日本書紀に詳しい。地名の由来だが、景行天皇が熊襲を征伐に際し、闇夜の八代の海で火を発見し、陸にたどり着いた折に、あの火は何か とお尋ねになった所、誰もが知らぬと言った事からきた。不知火は一種の自然現象で、逃げ水、蜃気楼、かげろう。
君:それってどこにでも書かれている事だから、つまらないお話よ。
私:いや、今回はその自然現象の事ではなく、町名の不知火について。地元の人は必ず「シラヌヒ(マチ)」と発音し、他所の人達が「シラヌイ」と発音すると怒りだして、「シラヌイではありません、シラヌヒです。」と仰るそうだね。
君:うーん、どれほど有力な情報だつたかしらね。
私:観光バスでの天草への旅だったが、生まれも育ちも不知火の地元ガイドさんがおっしゃった。
君:なるほど。そうだわ。確実な情報というわけね。
私:自然現象の事はシラヌイの名前で全国的に知られている。但し、町名だけはシラヌヒ以外は絶対に譲れないとの事だった。
君:ならば、やはり町名に関しては全国の皆様もシラヌヒとお呼びなさったほうがいいわね。
私:正にその通り。ここで質問、シラヌヒがシラヌイに音韻変化した時代は?
君:ほほほ、簡単よ。日本書紀に由来する地名なので古代語としてはシラヌヒ、これが平安時代にハ行転呼したから、という事でしょ。
私:その通り、ハ行音がワ行音になった。他の地名としては、ハギハラ萩原はハギワラになった。同様にしてシラヌヒはシラヌゥイになった。但し、地名としての不知火は音韻変化しなかったという事。愛媛県に関係するが、ワ行音のイウエオとア行のイウエオが全国的に区別されなくなったのが江戸時代。
君:景行天皇の時代から地名はシラヌヒだったのね。天皇から頂戴した地名という意味があるわね。
私:だと思う。妄想だけどなあ。妄想次いでに、若し連濁していたらどうなったと思う?
君:シラヌヒがシラヌビね。
私:そう、そしてシラヌビはやがてシランビ。これはちょっといただけないね。それと日本語は母音優位。然も日本語は連母音を嫌って長母音あるいは短母音になる傾向がある。シラヌイは将来、更に進化する可能性がある。
君:なるほど、長母音・シラニーを経て短母音・シラニになっちゃう可能性が高いのね。
私:古代から地名としてシラヌヒが続いて来た理由としては、母音優位だし、偶数拍という事で日本語の最小語条件にもあっている。日本書紀という神通力だけではなく、実は音韻学的なカラクリが潜んでいる。
君:日本の地名は圧倒的に四拍なのよね。それも道理で、律令制で国名は漢字二文字とする、とお決めになったからなのよね。飛騨はヒダの二拍で本当に良かったと思うわ。トビ(タン・ダン・タイ・テイ・テン)はどれもこれもいただけないわね。事実は斐太が古地名で、飛騨は後世の当て字ね。ほほほ

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